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東大場川・新田用水路を歩く

2015年9月19日

新三郷駅(JR武蔵野線)・・・萬音寺(三郷七福神)・・・小谷堀橋(大場川)・・・東大場川合流地点・・・戸井橋(東大場川)・・・兵庫稲荷神社・・・水神社・・・香取神社・・・(新田用水路45号分水工)・・江戸川土手・・・新田用水路・・・吉川へら鮒センター・・・三輪野江用水路分岐地点・・・(県道21号)・・・吉川平成園・・・三輪野江小学校・・・春日社・・・稲荷大明神祠・・・・八幡宮・・・清春庵・・・定勝寺・・・(常磐道)・・・稲荷神社・・・前間小学校・・・新田用水路147号分水工・・・光福院(三郷七福神)・・・庚申塔・・・(常磐道)・・・半田橋(大場川)・・・新三郷駅   


  大場川(左)・東大場川(右)合流地点(上流方向) 《地図

大場川はこの上流で西大場川に合流する。 
   橋の左側に兵庫稲荷神社の鳥居
   兵庫稲荷神社 《地図

今年の5月に建て替えられたようで、まだ新しい。「兵庫」はこのあたりの小字名か?
   川沿いは歩けない所もある。
   水神社沿いを流れて行く。《地図

このあたりは鹿見塚(ししみづか)という地名。「鹿を見る塚あるいは鹿をシシと読むことから猪や熊までを指し、鹿狩りなどをする際、その展望の好個の場所となってその地名になったのではないかと思われる。『風土記稿』によれば睦田内に四方が一間、高さ二尺くらいの塚であり、これより地名の元となるべしと伝えているが、古塚ということで由来を伝えずとしている。」(『吉川の地名・町名のおこり』より)
古塚と呼んでいたその塚も昭和30年頃には耕地になり、今では正確の場所は不明だそうだ。
   細い流れが続く。
   香取神社 《地図
   ここで流れは止まる?左右にも細い用水路が流れている。《地図

ここを東大場川歩きの終点とし、直進して新田用水路、江戸川の土手方向に向かう。
   正面が新田用水路の45号分水工で、その向こうが江戸川の土手 《地図

ここから上流の玉葉橋(江戸川)あたりが取水口だろう。
   江戸川土手から越谷ゴルフ倶楽部

ゴルフ場の池か、常総市の鬼怒川が決壊した台風の大雨での水溜りか? その向こう側が江戸川の流れだが見えない。
ここは東京湾から33.5km地点
 新田用水路を下流に向かう。

葛西用水路土地改良区が管理している。
 吉川へら鮒センター 

 三輪野江用水路合流地点
 吉川平成園(左)の先で暗渠となる。
地図
 暗渠の上を進む。
 三輪野江小学校の前で流れが現れる。

今日は運動会だ。「三輪野江」の地名由来も前掲の『吉川の地名・町名のおこり』で。
 春日社 《地図

ここは「半割」地区で、由来は「半割については地割制度の名残りによる地名と思われる。半割とは地主と小作人、開墾者と資本主の割り当て方でも示し、半分ずつという意味として地名がついたものと思われる。」(『吉川の地名・町名のおこり』より)
江戸川沿いには昭和20年代後半まで「半割の渡し」があった。『流山市の坂E』に記載。
   八幡宮 《地図
 住宅街の間の流れとなる。
 清春庵 《地図

墓地の中の庵で、流山の日蓮宗本行寺と関係があるようだ。
 定勝寺仁王門(説明板
   「二郷半領」の由来を刻む銅鐘
説明板

二郷半領用水
庚申塔(正保2年(1645))

吉川市では最古で、当時の人々の村名の呼称だった宮野井村と刻まれている。 
 そういえば秋のお彼岸だ。
 十三仏に囲まれた二合半大仏

昭和60年?に開眼大法養が行われた大日如来像。「二合半」は「二郷半領」のことだろうか? 説明板などはなく分からず。
 常磐道をくぐって流れて行く。
   147号分水工の先で暗渠となる。 
地図

ここを終点とし、光福院(三郷七福神)から常磐道をくぐり、半田橋(大場川)から新三郷駅に向かった。