「麻のれん」


 
あらすじ 按摩杢市(もくいち)さん。人に迷惑をかけるのも、人の助けを借りるのも嫌い。負けず嫌いで自立心が高いと言うのか、頑固で強情なのか。今夜もお得意の旦那の家で肩を揉んでいると、雷が鳴って激しい雨が降り出した。
旦那 「こんな夜に帰るのはあぶないから泊まって行きなよ、杢市さん」

杢市 「いえ、そんなにご厄介になっちゃ・・・」

旦那 「厄介なんてことはないが、誰か待ってる人でもいるのかい」

杢市 「そんな者いやしません。まあ、天井裏のねずみぐらいで。・・・それではお言葉に甘えて一晩、ご厄介になりますんで」

旦那 「おい、お清、奥の八畳に布団を敷いて、枕元に番茶の土瓶を置いて、麻の蚊帳(かや)を吊っておくれ」

しばらくしてお清さんが、「旦那さん、支度ができました」

旦那 「ああ、そうか、杢市さん、お清に手を引いて連れて行ってもらいな」

杢市 「いいえ、手なんぞ引いてもらわなくても結構、一人で行けますよ」

旦那 「お前さんはそれがいけないんだよ。お清、手を引いてっておあげ」

杢市 「いいえ、いいえ結構です。私はこの家に何度も伺っておりますから・・・」と、一人で奥の座敷へ歩いて行った。

杢市 「・・・この突き当りが座敷で、蚊帳が吊ってあって・・・けど、布団は敷いてない・・・土瓶も置いてないが・・・なんだいこりゃ、ずいぶんと狭い蚊帳だね。両方へ手が届くよ。・・・まあ、どうでもいいけど蚊が入ってきたよ。・・・わあ、えらい蚊だ・・・」

 杢市さん、一晩中、頭の上の蚊をピシャリ、ピシャリ叩いて悪戦苦闘。さすが夜明け前には疲れてうとうと。蚊たちの格好の餌食となって、頭はぼこぼこになってしまった。

杢市 「ええ、お早うございます」

旦那 「おや、ずいぶんと早いね。床が変わって寝られなかったのかい」

杢市 「床が変わったってからじゃなく、蚊帳に天井がなかったんで蚊に食われて寝られやせんでした」

旦那 「えっ、なんだい、頭が金平糖みたくなっているよ。お清!・・・駄目じゃないか蚊帳をちゃんと吊らなきゃ・・・、何がおかしいんだ。杢市さんの頭がこんなコブだらけになったのはお前のせいだぞ・・・」

お清 「・・・だって、今朝早く見に行ったら、杢市さんは麻のれんと蚊帳の間に寝ているんですよ」

旦那 「えっ、そうだったのか。杢市さん、あんた麻のれんと蚊帳の間にいたんだと。もう一つまくらなきゃ、蚊帳の中に入れないよ」

杢市 「あっはっはっは、こりゃ、面目次第もねえ」と、帰って行った。

数日後、また訪れた杢市に、
旦那 「もう遅くてあぶないから泊まっておいでよ」

杢市 「泊まれって言われると、あちこちかゆくなります。今日はおいとまします」、だが、また、雷が鳴って雨がザーッと降り出した。結局泊まることになって、

旦那 「今日はお清に手を引いてもらいなさい」

杢市 「いや、もう大丈夫です」と、また一人で奥の座敷に向かった。

今夜はお清が気をきかせて、杢市が間違えないように麻のれんをはずしておいた。
杢市 「さあ、これが麻のれん」と、蚊帳をくぐって、「これが蚊帳だ」と、また蚊帳をくぐって、蚊帳の外に出てしまった。



 




        






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