「火事の引越し」


 
あらすじ 昔から江戸の名物は、「武士、鰹(かつお)、大名、小路、生鰯(いわし)、茶店、紫、火消し、錦絵、火事に喧嘩に中っ腹、伊勢屋、稲荷に犬の糞」と相場が決まっていたが、明治になってがらっと様変わりした。

 火事なんかも消防、消火の方法が発達して大きな火事なんかはめっきりと減ってしまった。火事の東京支部もすっかり張り合いが無くなって、営業困難に陥って寄り合いを開いた。

 喧々諤々(けんけんがくがく)の議論の末、東京支部は今日で解散、しばらくの間は火事全員が東京を離れて地方に分散し、臥薪嘗胆、力を蓄えてからもう一度東京へ討ち入ろうという、赤穂浪士みたいな結論に達した。寄り合いから帰って来て、

火事の亭主 「いよいよ今日の寄り合いで俺たちの仲間は解散ということになった」

女房 「何だい、解散てえのは?」

亭主 「東京じゃこんなに火の用心が行き届いちまって到底、飯が食って行けねえから、みんな田舎へ行こうと決まったんだ」

女房 「田舎ってどこへ行くんだい?」

亭主 「樺太へでも移住したらどうだろか」

女房 「冗談お言いでないよ。江戸の火事と恐れられた者が、樺太くんだりまで行って燃えることが出来るか、出来ないか考えてごらんな。樺太なんぞ雪ばっかし降っていて、寒くって燃え上がったってすぐに消えちまうじゃないか」

亭主 「俺たち火事が凍ったら見世物にでも出ようじゃねえか」

女房 「何の見世物だい?」

亭主 「樺太名産の大珊瑚でございって」

女房 「馬鹿言っちゃいけないよ。うちは火事の方じゃ名門の家柄なんだから。そんなことしたら恥ずかしくて祖先の振袖火事に顔向けができないよ」

亭主 「ぐずぐず言っても始まらねえや。早くしねえと親子三人飯が食えなくなるぞ。さあ、早く荷物をまとめちまえ」、火事の夫婦が大きな荷物を大八車に積んで出ようとすると、

火事の息子 「ボヤも連れて行っておくれ」


    
        





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