木紀行
(その32)
大木・巨木・古木・名木・神木・変木・枯木・珍木・
何だが気になる普通の木・・・・
『
坂道散歩
』で出会った様々な木々を並べてみました。
(622)広隆寺の大イチョウ 「
説明板
」
樹齢約600年
右奥が大イチョウ
『
奥州街道
(黒沢尻宿→石鳥谷宿)』
(623)逆ヒバ
弘法大師が湧き水でのどを潤すため、地面にさした杖が根づいたもので、
名の由来は大きくなっても杖のように、根元が細く幹が太いため、
逆さになったヒバに見えたことからとか。もう枯れ死寸前か。
『
奥州街道
(黒沢尻宿→石鳥谷宿)』
(624)杉生桜
杉の幹に寄生した山桜。
杉は奥州街道の路線変更が行われた明暦4年(1658)当時のものと推定され、
昭和58年に安全対策上現在の高さに切られた。桜は毎年開花するそうだ。
『
奥州街道
(黒沢尻宿→石鳥谷宿)』
(625)
古代蓮
「
説明板
」
藤原泰衡
の首桶に手向けられた五郎沼の蓮の種から、
800年を経て五郎沼に里帰りして花咲いたというロマン。
『
奥州街道
(石鳥谷宿→日詰郡山宿)』
(626)南面の桜(志賀理和気神社) 「
説明板
」
これも「古代ロマンの桜」だ。結末はハッピーエンドだったのだろうか?
『
奥州街道
(石鳥谷宿→日詰郡山宿)』
(627)勝源院の逆カシワ 「
説明板
」
前九年の役
の後に源頼義・義家父子が植えたという伝説もあるそうだが、
樹齢約300年ではちょっと無理な話だ。
『
奥州街道
(石鳥谷宿→日詰郡山宿)』
(628)走湯神社の槻(つき)の木 「
説明板
」
源義家が前九年の役の戦勝を祈願した。
奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝が戦勝を感謝し、
走湯権現に奉納の上矢の鏑を2つを射立てたという槻の2代目という。
『
奥州街道
(石鳥谷宿→日詰郡山宿)』
(629)本宮神社のケヤキ
『
奥州街道
(石鳥谷宿→日詰郡山宿)』
(630)高屋稲荷神社の大ケヤキ
推定樹齢260年以上
『
奥州街道
(盛岡城下)』
(631)円光寺の夫婦カツラ 「
説明板
」
樹齢300年以上
『
奥州街道
(盛岡城下)』
(632)鬼子母神大門ケヤキ並木 「
説明板
」
ケヤキ並木入口
『
東京坂道散歩
(鎌倉街道中の道(東回りA))』
(633)一本松の庚申塚 「
説明板
」
松は2代目か?松の右に庚申塔の小堂がある。
『
東京坂道散歩
(鎌倉街道中の道(西回り))』
(634)蛇びゃくしん(瀬戸神社) 「
説明板
」
『
鎌倉街道
(下の道B)』
(635)愛宕の森 「
説明板
」
石川啄木がよく散策した道。
この下に啄木が通い、代用教員としても務めた渋民尋常小学校があった。
『
奥州街道
(盛岡城下→渋民宿→好摩駅)』
(636)
宝徳寺
「
説明板
」
啄木一家が住んだ寺。「啄木」のペンネームはここから生まれた。
『
奥州街道
(盛岡城下→渋民宿→好摩駅)』
(637)
御堂観音(正覚院)
の大杉
樹齢1200年以上という老大木だが、痛々しい姿になっている。
雷に打たれたのだろうか。
『
奥州街道
(御堂駅→一戸駅)』
(638)
藤島のフジ
「
説明板
」
樹齢数百年、フジに巻きつかれたカツラとサクラも老木となって
現在は鉄のヤグラと支柱で支えられている。
『
奥州街道
(御堂駅→一戸駅)』
(639)観音堂のフジ 「
説明板
」
藤島のフジの種子から発芽・生育したと考えられている。
『
奥州街道
(御堂駅→一戸駅)』
(640)八坂神社のケヤキ 「
説明板
」
境内にはケヤキの大木が何本もそびえている。
樹齢約400年、根元周囲7.4m
『
奥州街道
(一戸宿→福岡宿→金田一温泉駅)』
木紀行
(その33)