![]() 碑文谷公園記 ![]() ![]() 立会川跡を行く。 《地図》 目黒通りを横切る ![]() 桜並木もそろそろ開花時か 立会川は碑文谷八幡宮からの流れと合流し、東に流れていた。 流路跡は緑道になっている。《地図》
![]()
正面は旧栗山家住宅 ![]() ![]() 旧栗山家住宅 江戸時代に旧衾村(ふすまむら)の年寄職を代々務めたの
右側面には「池上道」・左側面には「品川 大森道」などと刻まれている。 ![]() ![]() 宮前橋跡から立会川緑道を進む。 ![]()
![]()
![]() ![]() 円融寺参道前から碑文谷八幡宮方向(昭和7年夏) 前方奥に鳥居の一部が見える。 ![]() 清水池からの流れ跡との合流地点 《地図》 緑道は終わり、西小山駅・江戸見坂通りを横切って行く。 流路跡は立会道路(延長4760m)となっている。 ![]() 西小山桜並木通り(立会道路) ここも桜まつりの提灯が下がっている。 ![]() 小山八幡神社 荏原七福神の大黒天
![]() 摩耶寺 釈迦の生母の摩耶夫人像を祀っている。 荏原七福神の寿老人 ![]() 荏原南公園の下は荏原雨水調整池になっている。 ![]() ![]() 中原街道を横切る。 《地図》 ![]() 東急池上線で行き止まり、左方の踏切へ迂回する。 ![]() 立会川児童遊園の流路跡を行く。 荏原町駅で東急大井町線を横切る。 ![]() このあたりの立会道路も緑道風になっている。 ![]() 平間道と交差する。 《地図》 ![]() 上神明天祖神社 荏原七福神の弁財天
![]() ありふれた由来話だが参拝者(見物客?)が並んでいた。 ![]() 東海道新幹線・西大井駅(JR横須賀線))をくぐる。 ![]() 相慈寺 吉野の金峯山寺の東京別院で「首から上の守り神」脳天大神 ![]() 一本橋交差点 《地図》 ![]() 大井蔵王権現社 ここも参拝者が多い。荏原七福神巡りか? 図らずも今日は4か所の荏原七福神に立ち寄った。 ![]() 大井町駅に突き当たり、右方の品川道踏切を渡る。 池上通りを横切る。 ![]() 緑道風の立会道路を南下する。《地図》 ![]() 薩摩藩抱屋敷跡(関ケ原公園あたり一帯) 《地図》 ![]() ![]() この月見橋下から流れが始まる。 《地図》
上流方向の月見橋の垂れ幕下から流れ出るが、 本来の流れの水ではない。総武線のトンネル内に湧き出る地下水を 配水管により立会川へ送水し、月見橋下から放流している。 ![]() ![]() 昭和橋から下流方向 ![]() 龍馬像 《地図》 「立会川繁栄会」 ![]() ![]() 仲町稲荷神社 ![]() 浜川橋(泪橋)・旧東海道 《地図》 橋を渡って東海道を行けば鈴ヶ森刑場跡に出る。 ![]() ![]() 立会川河口近く(正面は勝島運河)
このあたりは土佐藩の鮫洲抱屋敷跡で、屋敷地内に浜川砲台を築いた。 ![]() 勝島運河 ここを終点とし、立会川駅に向かった。
|