坂道散歩
 街道・古道歩き
 河川・用水路
 歩いた坂
 ブログのTOPへ
             
 東京散歩(北区)

 2017年2月1日

赤羽駅(JR京浜東北線)・・・日光御成道・宝幢院・道標・・・仙甚橋跡?・・・大満寺・・・正光寺・・・梅王寺・・・辻稲荷神社・・・庚申塔・順礼供養塔道標・・・延命地蔵・・八雲神社・・・熊野神社・・・西蓮寺・・庚申堂・・・志茂銀座商店会通り・・橋戸子育地蔵・・・北本通り・・・北清掃工場・・・専福寺・・・自性院・庚申塔道標・・・北本通り・・庚申堂(観音塚)・・・装束稲荷神社・・・(JR王子駅)・・・王子子育地蔵・王子大坂・日光御成道・・・稲荷坂上・・・南橋児童公園・庚申塔・・・陸上自衛隊十条駐屯地・・・観音堂・・十条駅(JR埼京線)・・・道標・姥ヶ橋延命地蔵・・環七通り・・北ノ台スポーツ多目的広場・庚申塔道標・・・御嶽神社・・・庚申塔・・旧道・・・・日枝神社・・・富士見橋(JR埼京線)・・・八雲神社・庚申塔道標・馬坂上・清水坂・・八幡山児童遊園(清水坂貝塚跡)・・(JR埼京線)・・・真正寺坂下・庚申塔道標・・・中坂下・・・静勝寺坂下・・・赤羽駅

  【ル−ト地図

 参考:『北区の古い道とみちしるべ』・『郷土の歴史・文化マップ』(北区教育委員会)
 




宝幢院
「豆まき」の舞台だろう。

   
宝幢院前の道標(元文5年(1740))
境内の庚申塔(寛永16年(1639)・区内最古)・石造地蔵立像(延宝8年(1680))
ここで日光御成道と板橋道(鎌倉街道中の道(西回り))が合流する。







仙甚橋跡? 《地図
新河岸川の支流でも流れていたのか?


   
大満寺・庚申塔(宝永3年(1706))


   
正光寺・石橋供養塔(文政11年(1828))


   
梅王寺
塀の脇に放置された?道標(文化9年(1812))の左側面に
「これより志も村みち」で、志茂村道(下村道・ふるみち)を行く。



辻稲荷神社
境内に入れず。手前に辻稲荷大明神の石碑が立っている。



左の順礼碑道標(寛保3年(1743))の台座に「右下村」
三猿の庚申塔(元禄6年(1693))



延命地蔵 《地図



八雲神社
日光御成道岩淵宿の鎮守





レトロチックな黒田機器赤羽工場 《地図



熊野神社


白酒祭


神木の梛(なぎ)の木




旧本殿




   
西蓮寺・門前の六地蔵・庚申塔


庚申塔(宝暦7年(1757))
下の右手に鈴、左手に数珠を持つ。
台石にはユーモラスな三猿






   
庚申堂・青面金剛像(造立年不明) 《地図


   
橋戸の子育地蔵(右から二番目の庚申塔地蔵) 《地図





中世からの道という志茂銀座通りの下村(志茂村)道
「ふるみち」で鎌倉街道の一つだろう。
南下して北本通りに出る。


北清掃工場



専福寺



庚申塔道標 《地図》?
「右下むら□」と刻むそうだが風化していて読めない。



自性院 《地図

   
道標(文久3年(1863))・自性院前)
右側面に「左 下むら 右 王子 みち」・
左側面に「右十條道」で、西進する道は環七通り沿いの「十条・板橋道
如意輪観音像(元禄4年(1691))には、「現當二世安楽処」と刻まれ、
「現」は現世で「當」は来世だそうだ。

北本通りに出る。

   
庚申堂・板碑庚申塔(寛文5年(1665)) 《地図
堂内に「観音塚之由来記」がある。



装束稲荷神社 《地図
社殿の左側が装束榎 『江戸名所百景

落語『王子の狐




   
王子子育地蔵 《地図

日光御成道の王子大坂(地蔵坂)を上る。



日光御成道名残りの杉か?



庚申塔(南橋児童公園の北隅) 《地図
左は万治2年(1659)の造立で、自衛隊駐屯地の門前にあった。
公園の西側は鎌倉街道中の道(東回り)で、この先で日光御成道に合流する。



陸上自衛隊十条駐屯地の北側を西に向かう。



観音堂 《地図
馬頭観音と庚申塔(説明板には天保15年とあるが、
「北区 郷土の歴史・文化マップ」には天保4年と記載。



十条駅南口のJR埼京線の踏切を渡って行く。


姥ヶ橋陸橋交差点

   
姥ヶ橋延命地蔵・庚申塔道標 《地図
姥ヶ橋は稲付川に架かっていた橋
庚申塔道標には、「これより右王子」・「これより左川口」で、
王子道(今歩いてきた道)と十条・板橋道との合流地点。




十条・板橋道(環七通り沿い)を東に向かう。


道標「是より 南い 」・「東 仲 東い 」
「い」の下は「たばし」か?
北ノ台スポーツ多目的広場(北ノ台小学校跡)の隅に移設(放置?)されている。 《地図


御嶽神社 《地図



庚申塔(宝暦4年(1754)) 《地図



右の旧道に入る。《地図


   
日枝神社・庚申塔(延宝4年(1676))

旧道はJR埼京線で途切れる。


富士見橋から埼京線


   
八雲神社
スダジイの右後方に庚申塔道標(天明4年(1784))) 左側に「是よりいたばし道」と刻む。《地図
もとは東側の旧道の入口にあったという。「天王の一本杉」と呼ばれたという老杉は見当たらず。

ここまでとし、日光御成道を北上する。


清水坂を下る。《地図
八幡山児童遊園の所が清水坂貝塚跡のようだ。



真正寺坂下の庚申塔道標(明和6年(1769)) 《地図
「左これよりいたはしみち」で、日光御成道(岩槻街道)と中山道を結ぶ道筋。
付近の稲付村の人々は「しんしょう昇る」と縁起をかついでこの坂を上ったそうだ。
坂の北側に真正寺があった。

中坂下、静勝寺坂の坂下を通り赤羽駅に出た。