「あん七」

 
あらすじ 清やん喜ィ公の向こうから、もとはあん七按摩の七兵衛、今は質屋の主人で鈴木七兵衛がやって来た。羽織を着て扇を差し、白足袋に雪駄履き、腰に矢立てを差してふんぞり返って歩いてくる。

 以前は按摩だけては食って行けず、町内の雑用などをやらせて面倒を見てきた男だ。ひょんなことから叔父さんの遺産が入り、質屋を始め高利で金を貸して大儲けしている。清やんと喜ィ公なぞには昔の恩も忘れて見向きもしない。

 清やんは七兵衛に赤恥をかかせてやろうと呼び止める。「おい、こら、あん七、七兵衛」
七兵衛 「阿保声で呼んでござるが、私のことかいな。私は質屋渡世をしております鈴木七兵衛と申します。関白様、太閤様になられたお方を猿よ、藤吉よ、とは呼べませぬ。私もそれと同じで、以前はあん七でも、ただいまは、あん七、七兵衛では返事はできかねますので・・・へへへ」

清やん 「むかつく奴やなあ。まあええわい。おのれは何のために腰に矢立てを差してけつかる」

七兵衛 「これは異なことを。字を書くために決まっておりますろうが」

清やん 「おお、そうか、だったら字書いてみィ。お前の名前の七兵衛のという字、書いてみィ」

七兵衛 「書いたらどうなりますのや」

清やん 「書いたら一円やるわ」

七兵衛 「ほなら一円、先に見せてもらいましょか」

清やん 「そんなら家から取って来るさかい、それまで逃げさらしたら首を引っこ抜くさかいな」、清やんは喜ィ公にも五十銭都合してくるように説得し家に戻った。

 さて、七兵衛は矢立ては格好だけで字などは一字たりとも書けない。相手は逃げたら首を引っこ抜くなんて乱暴をやりかねない輩だ。あたりを見ると金を貸している田中家がある。そこを訪ねて事情を話して七の字を教えてくれと頼む。

 田中家のおかみさんは、七兵衛が七の字を知らないなんて冗談かと思ったが、真剣な様子に「さよか、それならお教えしましょう」と、おかみさんは火鉢の中の灰に火箸で七の字を書くが七兵衛はなかなかの呑み込めない。

 おかみさんは火箸を七兵衛に持たせその手を取って、「こういふうふうに横に左から右へこうー、棒を引きます。これが一の字。この上からこう真っすぐに棒を下ろしてきて、この火箸のお尻(いど)をちょっと曲げたら、これで七の字になります」と懇切丁寧な指導。

 さらに、七兵衛自らに書かせる。「まず火箸を左から右へ・・・・こうやってこの尻を・・・」と七兵衛、自分のケツを曲げたりして苦戦していたが、なんとか七の字を習得し、礼を言ってさっきの所に戻った。

 五十銭づつかき集めて来た清やんと喜ィ公、七兵衛は逃げてもういないと思いきや自信たっぷりで待っている。さて、矢立てはあるが紙がない。清やんは喜ィ公に古道具屋から古い、提灯屋から大きい筆と墨を借りに行かせる。

清やん 「さあ、この襖へ書いてみろ。同じ書くなら大きい恥を掻(書)けよ」

七兵衛 「書きますがな、書いてから一円は勘弁してくれてなこと言いなさんな」

清やん 「誰が言うかい。それより今のうちに謝れ」

七兵衛 「誰が謝るかいな、それでは書くぞ」

喜ィ公 「・・・清やん、七兵衛の奴、筆を持ったで」

七兵衛 「まず一本目の火箸をこう・・・左から右へ」

喜ィ公 「書いているで、えらい顔して」

七兵衛 「ええー、二本目の火箸をこう・・・上から・・・」

喜ィ公 「七兵衛の奴、こらぁ、書きよるで、こら取られたで」

清やん 「ほんまにこら書きよるは。七つぁん、お前の書けることは分かった。そこまででええから五十銭に負けてくれ」

七兵衛 「今更、何を抜かすねん」と、尻と筆を左へ曲げた。


 
   


  




表紙へ 演目表へ 次頁へ
アクセスカウンター