★あらすじ 伏見の呉服の老舗の大丸屋。兄の宗兵衛が店を継ぎ、弟の宗三郎にもいずれ分家させて店を持たそうと考えているが、宗三郎は茶屋酒の味を覚え、祇園の富永町のおときという芸妓といい仲になる。
兄の宗兵衛は番頭におときを調べさせると、氏素性もはっきりして性格も良く、宗三郎に本気で惚れていることが分る。そこで番頭を監視役にして宗三郎を木屋町三条の家に住まわせる。おときにも折りを見てうまく取り計らうからそれまでは二人きりで会うないことを約束させる。
ある夏の暑い日、宗三郎は冷えた柳蔭を一人でちびりちびりとやっている。酔いとともにおときに会いたくなる気持ちが高じてきて、番頭の隙を見て床の間に置いてある村正の刀を片手に裏口から家を出た。この刀は大丸屋が借金のカタに取ったもので、名刀正宗は身を守る刀、村正は人を切る、人を切りたがる妖刀だ。
三条の橋を渡って富永町のおときの家までやって来て、
宗三郎 「おい、おとき、いるか」、出て来た妹分のお松がおときに宗三郎が来たことを告げると、
おとき 「若旦那お一人かい。帰っておもらい”おときは留守や”と言うて、せやなかったら伏見のお兄さんに会わす顔がないがな」、玄関先でお松と宗三郎の「留守です」、「いや居る、一目だけでも会わせろ」、「だめです」、・・・と言い争いが繰り返されて、
宗三郎 「♪とき呼べ、とき呼べ、おとき呼べぇ~」と大声を張り上げた。仕方なく奥から出て来て、
おとき 「若旦那、大きな声出して。お一人どすか、それやったら上がってもらうわけにはいかしまへん。あんさんも伏見のお兄さんとお約束のはず」
宗三郎 「ほんなら酒一本だけ飲ましてや。すぐ帰るさかいに」
おとき 「ここは女の二人暮らし、お酒は置いておまへん」
宗三郎 「ほな、お茶を」
おとき 「さっき井戸の水が枯れてしもうて」
宗三郎 「馬鹿にするな!約束、約束言いやがって、・・・今日はこんなん持ってんねんぞ。グズグズ言うたら、斬ってしまうぞ」
おとき 「あんさん、刀なんかひねくり回して、わてを斬るとおしゃるのか。わての体、上から下まであんさんのもの、どうぞお斬りやす」
宗三郎 「情のこわい女子(おなご)じゃ」と、鞘のままポーンとおときの肩を叩いたら、中は妖刀の村正、鞘がパッと割れて、ザクッ・・・」、「ぎゃあ~・・・」とおときの悲鳴。
宗三郎 「おおげさやなぁ、鞘で叩いただけやで・・・あっ、あっ、あっ、鞘が、鞘が割れてる・・・」、悲鳴を聞きつけたお松を見ると刀が勝手に動いて、ザクッと斬り捨てた」
血刀を下げて表へフラフラと出た宗三郎、通りがかりの人たちを刀に取り憑かれたように斬り進んで行く。お盆の時分、祇園の南、二軒茶屋と呼ばれた中村楼の前から下河原にかけて、切り子灯籠をずらっと並べて”山猫(山根子)”と呼ばれた腕利きの芸者連中が揃いの衣装に黒襦子の帯をしめて”伊勢の山田(ようだ)のひと踊り”と踊っている。
そこへ村正の抜き身をぶら下げた宗三郎が次から次へと斬りつけて来たので大騒動で阿鼻叫喚。役人が取り囲むが刀が勝手に飛び回って斬って来るから近づけない。
そこへ急の知らせを聞いて駆けつけて来た兄の宗兵衛、
「これ、宗三郎!気を鎮めろ!」だが、兄だろうが妖刀は容赦なく斬りかかって行く。宗兵衛は何度も斬られながらも宗三郎を取り押さえてしまった。
役人 「ずいぶんとお前斬られたが、一滴の血も出んのは、どういうわけじゃ」
宗兵衛 「へえ、私は斬っても斬れん、フシミ(不死身、伏見)の兄でございます」
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