★あらすじ 「儲かった日も代書屋の同じ顔」、今日も陰気な顔で店に座っている代書屋へ男が入ってくる。ジレキショとか、ギレキショ(履歴書)なんてのを書いてくれと言う。家に無いので隣の家に借りに行ったら家中探してくれたが見つからず、人に聞いたら代書屋へ行ったらすぐに書いてくれると教わって来たという。
代書屋が就職するのかと聞くとに、男は勤めに行くのだと始めからかみ合わない。本籍・現住所・戸主で名前は「河合浅治郎」までは何とかたどり着き、履歴書は埋まって行く。
次は生年月日だ。男は「御大典の提灯行列の日・・・・」なんて言うから昭和三年だが、どうも見てもそんなに若くない。よく聞くと揃いの法被で提灯行列をした日だとか。年を聞くと数えの五十で、生まれた日は秋の彼岸の中日の明けの日で、代書屋は男の生年月日を割り出した。次の学歴は尋常小学校を卒業と思いきや二年で卒業だと。
やっと職歴に取り掛かる。職歴と言っても分からないだろうと、「あんたが今までやってきた商売、仕事を全部順番に言ってもらいましょ」に、男は「最初は提灯行列の明けの年、友達に巴焼きの機械を借りて、玉造の駅前に店を借りようとしたが、家賃が高すぎて止めといた」で、代書屋は「饅頭商を営む」と書き始めて一行抹消だ。
次はその年の十二月、平野町での露天商で売ったのは「へり止め」。着物の襟(えり)を止める襟止めではなく、下駄の歯の裏に打って歯が減るのをふせぐゴムの「減り止め」というけったいな物で代書屋も初めての珍物だ。「減り止めを商う」とも書けず、代書屋は「履き物付属品を販売す」とさすがプロの技だが、男は「十二月で寒くて、一つも売れないのでアホらしくなって二時間で止めた」だと。代書屋はまたかと呆れて、「一行末梢、判をこっち貸しなはれ」と渋い顔だ。
代書屋は、稼いだ金でご飯を食べていた本職は何かと聞くと、男は「ガタロ」と答えた。「へり止め」以上に分からん商売に代書屋が「何でんねん、そのガタロて?」と聞くと、男は「胸のとこまでのゴムの靴を履いて川へ入って金網で川底をすくって中から鉄骨の折れたのやら、釘の曲がったやつやらをよって拾い集める商売だと言う。
なるほどやっていることは分かったが、「ガタロ商を営む」とは書けず、「河川に埋没 したる廃品を回収して生計を立つ」と苦心してひねり出した。男も「そういう具合に書いてもろたら、この商売がぐっと引き立つ。”生計を立つ”なんてとこはすかっと気持ちがいい」なんて感心している。
男は次は昭和十年十月十日、場所は大阪の飛田とすらすらと言い出した。今度はまともな商売と期待した代書屋に、「松ちゃんと女郎を買いに行った日だ」と、抜け抜けと抜かした。またもや「一行抹消」となった。
これ以上聞いても何行も抹消になるのは必定、後はいい加減に書くからと言って、代書屋は念のため「賞罰」を聞く。罰はともかく、賞などあろうはずもないと思いきや、「大きな賞状もろて、新聞に写真入りで載った」で、代書屋はびっくり。男は自慢気に、「一昨年の秋の新聞社主催の大食い大会で大きなボタ餅を八十六食べて優勝して賞状もろて新聞に写真入り・・・・・」、
代書屋 「そんなアホなこと書けるかいな」、おなじみの「代書屋」でございます。
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