「土橋万歳」


 
あらすじ 船場播磨屋若旦那は道楽が過ぎて奥の部屋に閉じ込められている。ある日、見張りの丁稚の定吉を買収して、部屋にいるように見せかけて外へ抜け出す。ちょうど町内の若狭屋の弔いがあり、番頭は定吉の代りに亀吉を見張りにして、定吉を弔いの供をさせる。阿倍野まで行き野辺の送りを終えたその帰り道に、番頭は定吉から若旦那が抜け出して難波の料理屋の一方亭に行ったことを聞き出す。

 番頭は若旦那の友達の東堀の灰屋常次郎になりすまし一方亭の座敷に上がる。遊びの真っ最中に番頭に踏み込まれた若旦那は頭にきて番頭を階段から蹴落として、「意地でも家には帰らん」と悪強情を張る。これを見た芸者や太鼓持ちは「鉄眼寺の達磨(だるま)はんと根競べしなはれと」持ち上げる。

 とんだ邪魔が入って座が白けたので、河岸を変えようと難波の土橋まで来ると、追剥ぎが刀を突きつけた。取り巻き連中は、「若旦那どころやない、命あっての物種」と、さっさと逃げてしまった。命乞いする若旦那に、追剥ぎは「今日限り、極道をやめてもらいたい」と説教だ。覆面を取るとこれが番頭で、ぐだぐだと意見する番頭に逆上した若旦那は雪駄で番頭の頭を殴りつける。眉間を割られた番頭は刀で切りつけ修羅場となる。

 「うーん」とうめく若旦那は定吉から起されると、そこは店の奥の間で夢を見ていたのだ。「番頭を呼んでくれ」と言うと、番頭も帳場で同じ夢を見ていた。
若旦那 「おんなじ夢を見たんか」

番頭 「何とかして若旦さん真面目になってもらおと思て、思う心が通じたんでっしゃろなぁ」

若旦那 「今こそ初めて目が覚めたわ。えらい迷惑をかけたなぁ済まなんだ」

番頭 「せやけど、夢でよろしおましたなぁ。ほんまにあんなことがあったらえらい罪だっしゃろなぁ?」

若旦那 「そらそや、主殺しに親殺しというのはな、数々罪あるけど一番重い重罪・・・。重罪で命がないとこや」

するとそばで聞いていた定吉が泣いている。
若旦那 「心配いらん、みな夢の話やがな」

定吉 「違いまんねん、”重罪(十歳)で命がない”とおっしゃいましたやろ。ほなうちのお父っつぁんなんか、どないなるんやろと思て・・・」

若旦那 「お前のお父っつぁん、なんや?」

定吉 「重罪どころか、大和の万歳でんねがな」



万歳((「江戸商売図絵」三谷一馬より)


桂米朝の『土橋万歳【YouTube】

   鉄眼寺 《地図

はじめは薬師堂であったが寛文10年(1670)、鉄眼道光が再興して瑞龍寺と改称、大坂での黄檗布教の拠点になり、俗に鉄眼寺と呼ばれる。

東側の高速道路の下に「難波土橋」が架かっていたそうだ。





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