★あらすじ どんな仕事についても長続きしない男。朝は起きられず、力仕事も頭を使う仕事もダメ、口下手で客相手の仕事、責任を持たされるような仕事もダメ。
こんな男を心配して親類のおじさんがやって来る。おじさんがどんな仕事なら向いているのか聞くと、「十時頃からぼちぼちと始め、昼が来たら御馳走を食わせてもらい、昼からぶらぶらして、眠くなったら昼寝をして、四時頃になったらお終いで、まあ日に五千円くらいもらえればいいでしょう」、「そんなとこあったら俺が行くは」と言うと思いきや、おじさん「ほなら、そういう所があったら行くか」、「そら、もちろん喜んで行かせてもらいますわ」
おじさんの話では、移動動物園の目玉の虎が死んでしまった。皮をはいで残したのでそれを被って、檻の中で半日動き回るだけの仕事という。男「へえ、いい仕事やなあ、けど一人前の大人のする仕事やない」などと、半人前にも足りないくせして言っている。
おじさんはいい加減呆れて、怒って帰ろうとすると、男は「ほな、まあやりまひょうか」ということで、おじさんの書いてくれた紹介状を持って動物園を訪れた。
係員は、「あなた虎のほうのご経験は?・・・」、むろんあるはずもなく、係員はそれではと虎の皮を着せてくれ、懇切丁寧に虎の演じ方を教えてくれた。「・・・虎は始終檻の中を行ったり来たり、ウロウロしてるもんやがな。・・・歩き方は足と頭を反対に持って行くと虎の感じが出まんねん。・・・首はこっち向けば、足はこういう具合に・・・」と、わずかな時間で事前研修も終了した。
係員はそれではよろしく頼むと言って、檻の錠前を下ろして行ってしまった。さあ、一人(一頭か)にされた男、虎の皮を被って檻の中を不安そうにウロウロしだした。
開園と同時に人気の虎の檻をめがけて子どもたちが押し寄せて来た。朝から何も食べていない男は、檻の前でパンをかじりながら見ている子に、「・・・なあ、ちょっとパンくれ」、なんて手を出したりして、化けの皮がはがれそうになる。石を投げてきた悪ガキに、ウォーと叫んで脅かしたらびっくりして逃げて行った。
ようやく虎の生活にも慣れ始めた頃、場内マイクで放送が流れ始めた。「ご来場の皆さま、虎の檻の前へお集まりください。ただいまより本日の特別サービスといたしまして、虎とライオンの一騎打ちをご覧にいれます。密林の王者の虎と、百獣の王のライオンの食うか食われるかの壮絶な死闘を最後までお楽しみくださりませ」、すぐに係員がライオンの檻を押して近づけて来た。
「そんなアホな。そんな事聞いてやへんぞ」と、怖くてうろたえるばかりの虎男の檻に、ライオンがのっしのっしと威厳たっぷりで入って来た。それを見た子どもらは「やっぱりライオンは百獣の王やで。それに引きかえ、あの虎は隅で小そうなってガタガタ震えているがな。弱虫虎!、ダメ虎!、ぐず虎!、早くライオンに食われちまえ」と、罵声と非難ごうごう。
ライオンは余裕綽々の足取りで虎男に近づいて行く。「ああ、近寄るな、あっちへ行け、あっちへ・・・もうあかん、なんまだぶ、なんまだぶ・・・」、するとのそのそと近づいて来たライオンが虎男の耳のそばで、
「心配すな、わしも五千円で雇われた」
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