★あらすじ 玉造のお稲荷さんの近くの裏長屋。井戸端で近所のかみさんたちが集まって喋っている。
お松 「・・・いまに子どもが大きくなってみなはれ、年取ってから楽ができるやないか。奥のお竜はん、娘のお櫛さんが親孝行やさかい、ほんまに結構やし・・・」
お竹 「ほんに、そやなあ、お櫛さんこのごろ髪結いの弟子になったんや。正直で親孝行な子やで。それに引きかえ、お竜はん。この頃、若い博労やとか、馬方はんとできてるのやそうな・・・」、そこへ風呂上がりのお竜さんが帰って来た。
お竹 「まあ、お竜はん。きれいに髪結うて、ええ絣着てなはるなあ」
お竜 「お櫛がちょっと結うて、この絣もお櫛が買うてくれましたんや」、羨みとやっかみ半分で、
お松 「あんた、この頃、若い男の人がでけてるそうやな。聞けば馬方はんやとか・・・」
お竜 「わての男が馬方だろうと、博労だろうとほっときなはれ。べつにあんたの世話にはなりしまへんで」、だんだんと口喧嘩がエスカレートして、取っ組み合いの喧嘩にまで発展する勢いだ。ちょうど通り掛かった家主が二人の間に入ってなんとかその場はおさまってお竜は家に帰った。
お櫛 「お母(か)はん、ただいま」
お竜 「遅かったじゃないか。酒が足らんのや。あの人が来るんや。買うてきておくれ」
お櫛 「あの人て、あの馬方はんだっか」
お竜 「馬方やなんて、今はあんたのお父っつあんやないか」
お櫛 「わてのお父っつあんは仏壇の位牌のお父っつあんしかおまへん」
お竜 「まあ、この子までわてを馬鹿にして・・・」、煮えくりかえった鉄瓶をお櫛めがけて投げつけた。寸前でよけたお櫛は家を飛び出して行った。
すれ違いに入って来たのが馬方の八蔵で、酔って足がふらついている。
お竜 「あ、八っつあん、ええとこへ来てくれはった。早う、お櫛をつかまえて・・・」、八蔵に追われたお櫛は城の馬場から天満橋まで来たが、何せ男の足にはかなわない。もうここまでと、橋の真ん中から川の中へドブーンと身を投げてしまった。
八蔵 「お櫛!・・・わしは、何でまたこんなとこまで追うて来たんやろ・・・雨で水かさが増えてとうてい助かるまい。・・・迷わず成仏してくれよ」と、手を合わせるばかり。お竜の家に戻ると、
お竜 「おお、お櫛はどうしました?」
八蔵 「・・・見失のうてしもた。・・・もうこの家には来んわ。どうせ、今日の親子喧嘩もおれのせいで起こったのやろ。このままお櫛が帰らんようなら世間に顔向けでけんやないか」
お竜 「お櫛がいのうても、あんたの一人ぐらいはわてが養うてみせるわ」
八蔵 「そんなら、我が子が死んでもおれを思うてくれるか」
お竜 「もちろんやがな。さあ、機嫌なおして、いっぱい飲んでくれなはれ」、二人が差し向かいでしんみりと飲んでいると、お竜の死んだ亭主の弟、、お櫛の実父の弟の儀助がやって来た。お竜は八蔵を押し入れに隠して戸を開けた。
儀助 「えらいご無沙汰してます。・・・わたい漁が好きなもんで天満橋の下で網を打ってますと、何かどっしりとしたもんがかかりました。引き上げてみるとこれが若い女。まだぬくみがあるので水を吐かせてみると、これがお櫛やおまへんか。わけを聞いてびっくり、近所で聞いてもお櫛と同じこと。近頃、姉貴、えらいお楽しみができたそうな。兄貴が生きている時分には、蝶よ花よと育て上げたお櫛が、あんなことになったら、世間にも済むまいと、・・・そないに、博労とか馬方とかが可愛いか、姉貴」
お竜 「可愛いのうてか、馬子(孫)やもの」
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