★あらすじ 「傾城都玉垣」の「綱七の腹切り」の芝居の舞台。藤原鎌足の忘れ形見の淡海公は追手から逃れて、名を与四郎とかえ、海女に身をやつして、お舟と名をかえた腰元の錦木と、ここ讃岐の志度の浦の漁師小屋に隠れ住んでいる。
お舟 「お浪さんえぇ、いつもの面白い、あの貝の話しをしてくださんせいな」
お浪(海女) 「そんなら話そう。♪千尋の海の水底に、雄と雌との初恋に、いまは人目を忍ぶ貝。文書き貝にさざれ貝。憎いは明けの烏貝。口説の後は赤貝と、それとも知らぬ烏帽子貝」、お浪は仲間の海女たちの後を追って行く。
お舟 「藤原鎌足様が忘れ形見、淡海様ともあろう身が、この志度の浦のお住まい、弟よ、与四郎よ、とまあこの身に罰が当たりませぬもの・・・」 、お舟は目を患っている与四郎の手を引いて小屋に入れ、薬を取りに出掛ける。
花道から漁師の綱七、藤原家の家臣で沢田新九郎政輝で、若気のいたりで主人の勘気を蒙り、綱七と名をかえ、淡海公(与四郎)と錦木(お舟)の行方を探している。綱七は与四郎たちの隣の漁師小屋に住んでいるが、お互いの氏素性は知らないままだ。
綱七 「沢田新九郎政輝ともあろう身が、いかに若気のいたりとて、ご主人に永の勘当。若君には腰元錦木をつれて行方は知れず。どうかして尋ね出し・・・おっと(口を塞ぐ)・・・」、小屋のそばに何か落ちている。拾い上げて見て、
網七 「これは臍(ヘソ)の緒・・・なになに天光四年戌の正月一日誕生、藤原鎌足が一子、同名淡海、はて、与四郎とお舟は・・・?」、この時、代官と漁師の金蔵がやって来て、綱七は小屋に身を隠す。
代官 「その方は、当地の漁師よな。お尋ね者の藤原淡海と腰元錦木。代官所までつれ出れば、褒美の金は望み次第。渡し置くはこれなる姿絵」
金蔵 「この絵姿なら心当たりもござりますれば、詮議いたしまして、お代官様までお連れいたしやす」、お舟が帰って来るのを待って、
金蔵 「これお舟、これをちょっと見いやい。お尋ね者の藤原淡海、いま一人は腰元錦木、奥にいる 与四郎と言うのは、藤原淡海のことであろうがな」、止めるお舟をつきのけて、金蔵は小屋へ入ろうとすると、これを見ていたのが綱七で、金蔵を取って投げる。
綱七 「腰元錦木とは御身の事であったか。沢田新九郎政輝とはおれの事だ。若君を裏口より小舟に乗せて、早う!」 、与四郎と金蔵、漁師たちとの大立ち回りとなる。
漁師 「おお、金蔵、お舟はばらした。淡海は舟に乗せて入鹿へ渡した。おっつけ代官所より褒美の金が来るぞよ」
綱七 「なに、入鹿に渡したとな」、走って行こうとする綱七の腰を金蔵が取り、金蔵の腰を漁師が取り、その漁師の腰を別の漁師が次々と取り、 ・・・ついには綱七は大岩に乗って、
綱七 「南無、大和の国は長谷寺に鎮座まします観世音第菩薩。沢田が命はこの竜神に供え奉らん。なにとぞ舟をもどさせ給え。帰命頂礼」、綱七は刀を左脇腹へ突き刺し、臓腑を取って、「ええいっ」投げた。すると、あな不思議、淡海公を乗せた舟はもどって来た。
綱七 「あなたは若君様。沢田が身の上にとり、この上もなき幸せ。貴方様にはこの小舟にうち乗りて、波にゆられて落ち給え」、刀を左脇腹から右へ引き、しだいに落ち入って行く。
芝居客甲 「えらいにぎやかな芝居だんな。これはなんの芝居だんね」
芝居客乙 「これは綱七の腹切りや」
甲 「綱が腹切って、海へ飛び込んだら、何になりまっしゃろ」
乙 「おおかた、スサになるやろ」
|