「船弁慶」

 
あらすじ 真夏の暑い昼下がり、喜六が家で手仕事をしていると、清八大川の舟遊びに行こうと誘いに来た。仲間内と馴染みの芸妓らを呼んで、薦被りの酒を据えて三円割り前という趣向だ。

 喜六はいつも誰かのお供をして、おごってもらってばかりいる。義経のお供の弁慶のようで、みなから「弁慶はん、弁慶はん」、最近ではひっくり返して「ケベンさん」なんて呼ぶやつもいる。

喜六 「いっぺんに三円なんて大胆な金使こたら、かかあにえらい叱られるがな」

清八 「ほな、やめとけ。お前と話してるとむかついて来るわ。・・・ほな、さいなら」

喜六 「清やん、ちょいとお戻り。舟遊び、面白いやろなあ」

背八 「当たり前や。涼しい川風に吹かれて白粉(おしろい)の匂いをプーンとかいでみ、極楽やがな・・・行くのか、行かんのか、はっきりせいや」

喜六 「よっしゃ、わいも男や、清水の舞台から飛び降りたつもりで・・・」

清八 「えらい、行くのやな」

喜六 「やめとくは」

清八 「このアホ、ボケ、カス、ひょっとこ、ボケナス、オタンコナス・・・もうお前みたいなやつ相手にせんは」

喜六 「わては三円が死に金になるのが嫌ちゅうてんのや。三円の割り前出して、弁慶はん、ケベンはん言われたら三円の金は死に金になるよって」

清八 「よっしゃ、もし誰か仲間でも芸妓たちでも一言弁慶とかケベンなんちゅうたら、お前の割り前、おれが出したるがな」、この一言ですっかりその気になった喜イさん。早速、いい着物に着替え始めた。

 だが、間の悪いことにそこへ、「おぉー暑やのう、暑やのう」と、大声張り上げて帰って来たのが近所で「雀のお松」、「雷のお松」の異名を取るかみさんのお松さん。隣のかみさんに一方的に長々とぺらぺら、機関銃のように話している。

 さすがの清やんもお松さんは大の苦手。あわてて段梯子の下に隠れた。
お松 「やっと暑やのう、暑やのうと」と、のっしりと入って来て、顔を引きつらせてまた手仕事を始めた喜イさんを見て、
お松 「よお、この暑いのにあんた仕事に精出して・・・あんたええ着物に着替えてんやないの、どこ行くねん。着物着替えてどこ行くねん。・・・どこ行くねん!」、ガラガラガラドーンと雷がさく裂。

喜六 「桑原、桑原、ちょいと浄瑠璃の会」

お松 「浄瑠璃?豚が喘息患ろうたような声だしよって。オガオガオガ、この路地口の前田はん、あんたの浄瑠璃で松が枯れるちゅうて宿替えしたやないか。ご近所みな宿替えさせる気いか」

喜六 「清やんが行こうちゅうねん」

お松 「清やん? あの清八か。おまえまだあんなやつと付き合うているんか。何の用もないのに真っ昼間から大きな風呂敷包背負(しょ)いおって、あんなやつがど盗人しよんねん。もうちょっと早よ帰ったらあいつの向こう脛かぶりついてやったのに」

喜六 「かぶりついておやり。まだおまえの後ろにいるがな」、くるっと振り返ってお松さん、すっかり穏やかな顔につくり変えて、
お松 「まあ、清やん、この暑いのにようお越し。氷、すいか、それとも冷や奴で柳蔭でもどうだす・・・いつもあんたのこと甲斐性もんや言うて・・・」と、見事な変身ぶり。喜イさんのかみさんにはピッタシだ。

 いつものこととはいえ、盗人呼ばわりされたのには参ったが、
清八 「浄瑠璃の会てえのは嘘や、友達の喧嘩の仲直りの立会いに二人でミナミの小料理屋に行こうちゅうことや」、怪しいこととは思ったが、
お松 「ほな、今日は清八兄さんに預けますよって、あんじょう連れて帰っとくなはれ」と、二人を送り出した。

 やっとお松さんの呪縛から解放され、舟遊びにも行かれる喜イさんは嬉しくてしょうがない。難波橋の船着き場への道すがら清やんに、お松さんから受けたシゴキの数をべらべらと喋り続ける。後ろから聞き耳を立ててついて来た氷屋も、「夫婦喧嘩てえのはなかなか面白いもんですなあ」と、感心している。まだ喜イさんは喋り続け、氷屋もぴたっと後ろをついて来る。そのうちの氷は全部溶けてしまった。

 さあ、難波橋から通い舟で大きな川一丸に向かう。通い舟の船頭に祝儀をはずんだ清やんに、喜六はその金は割り前に入っているのかなんか、ごちゃごちゃと相変わらずみみっちいことを言っている。

 清やんは前もって船の仲間連中、芸妓らには今日は割り前だから喜六のことを、弁慶とかケベンなどと呼ばないよう言ってある。芸妓のコチョネは、「まあ、喜イさんのべん・・・もっつあん、もっつあん」、なぜか喜んでいる喜イさん、「わいのこともっつあんやて」
清八 「誰の尻にもくっついて行くから鳥もちのもっつあん、言うとるねん」
コチョネ 「何言うてんのや。金持ちのもっつあん言うてまんのんや」、コチョネの方が一枚上手だ。

 そんなことはどうでもええ、三円の割り前分を早く取り戻そうと、喜イさんは薦被りの酒をがぶがぶと、えらいスピードで飲み始めた。すぐにへべのれけ、ぐでんぐでんに酔っぱらって暑がって赤いフンドシ一丁に。これを見た清やんも面白がって白のフンドシ姿に。「紅白や、源平踊りやろやないか」、みんなで囃し立て、♪ア、コリャコリャ、コリャコリャ、の船の上は大騒ぎ。

 一方のお松さんも、隣家のお咲さんと難波橋に夕涼みに出掛けた。橋の上、土手の上には人、人で、川は船で賑わっている。するとお咲さんが、「あそこの川一丸で踊ってるのん、喜イさんと違うか」

お松 「そんなことあらへんがな。今日はミナミに友達の喧嘩の手打ちに行ってまんねん」

お咲 「でも、一緒に踊ってるのん、清八ちゅう人と違うか?」

お松 「あ、あれ、あれまあ、ほんまや、こんなとこで遊んでけつかる・・・」、通い舟に乗って鬼のような形相で川一丸まで行ったお松さん、「こら、あんたこんなとこで何してはんねん」、ぎくっとした喜イさんだが、そこは仲間や芸妓らの手前、格好をつけて、「何を抜かすねん!」と、ど突いた。

 お松さんは川の中へドボーン。幸いに川は浅瀬、すぐに立ち上がったお松さん、髪はザンバラ、白地の浴衣は肌にぴしっとまとわりついて、顔は真っ青。流れた来た竹の棒をつかむと、
お松 「♪そもそも我わ~、桓武天皇九代の後胤、平の知盛なあり~」、喜イさんも負けずにコチョネから借りたシゴキを数珠にして、「♪その時~喜六~少しも騒がず~・・・」

橋の上の見物人甲 「えらい、喧嘩でんなあ」

見物人乙 「あら喧嘩あらへん、仁輪加だんなあ。夫婦喧嘩に見せかけて、弁慶と知盛の「祈り」やってまんねん」

見物人甲 「ああ、さよか。ヨオ、ヨオ、ヨオ!本日の秀逸!川の中の知盛はんもええけど、船ん中の弁慶はん、弁慶はーん!」

喜六 「今日は三円の割り前じゃ!」


 
  「浪花橋夕涼み」
落語『遊山船


桂枝雀の『船弁慶【YouTube】



難波橋(土佐堀川、堂島川)
以前の難波橋は現在の堺筋より一つ西側の筋に架かっていた。
親柱の上には4体の吽(あうん)のライオン像が座っていて、愛称は「ライオン橋」。
中国街道


難波橋から下流方向
正面の奥は大阪市中央公会堂地図



壇ノ浦古戦場説明板➀」・「説明板②
義経八艘飛び像・知盛「碇潜」(いかりかづき)像。
山陽道(長府駅→下関駅)』





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