「古着屋」


 
あらすじ 源さん古着屋へ一緒に行ってくれと熊さんところへやって来る。
源さん 「うちのかみさんが古着の買い方は難しい。熊さんは人間がしっかりしていてちょっとずる賢くて、悪知恵も働くから安く買えるに違いない。上手くおだてれば人間がおっちょこちょいだから一緒に行ってくれるだろうって・・・それで来たんだ」、ここまであからさまにもとを喋られたんじゃ、熊さんも怒りようがなく、一緒に柳原土手の古着屋に行く。

熊さん 「木綿の洗いざらしでいいんだが、綿入れを一枚見せてくれ」

番頭 「これは河内木綿で、・・・このとおりサラ綿が入っております」、

熊さん 「いくらだい」

番頭 「朝の商いは縁起でございます。お安く願って・・・こんなところでは如何でございましょうか」と、算盤に珠を置く。

熊さん 「これだとよ。珠を動かしてもいいんだよ。思い切って動かしてみな」、源さんは思い切り珠を全部動かしちまって莫大な金額になってしまった。算盤も分からない源さんに呆れて、

熊さん 「算盤じゃなく口で言ってくれ」、「へえ、ニ朱と三百で」

熊さん 「もっと安くしとけよ。三百に」、「三百負けるということで?」

熊さん 「いや、三百にするんだ」

番頭 「おい、小僧、この品物早く下げちまえ。お帰りください。あなた、冷やかしにもほどというものが、…お帰りなさいてえんだよ。(源さんの顔を見て) お前さん今朝顔洗ったかい。帰って熱いおみおつけでよおく顔を洗った方がいいよ。それに風の強い日なんぞには表に出ない方がいいよ。ばたっと倒れちまうよ。お前さんの体なんか切っても赤い血なんぞ出やしないよ。切ると白いオカラかなんかがボロボロ・・・・お帰り、お帰り」、あまりの言いように源さん、かんかんに怒ると思いきや、

源さん 「熊さん、じゃあ帰ろう」と情けない。

熊さん 「客に向かってなんだその言い草は。てめえの眉毛の下に光ってんのは何だ。目だったらくり抜いて陰干しにして煙草入れの緒にでもひっつけろ。俺たちやあ、チャキチャキの江戸っ子でぇ。体ぁ切って赤い血が出なけりゃ、西瓜じゃねえが取り替えてやるから、さあ、切ってみやがれってんだ。おれが十年も若かったら、てめえの上あごと下あごをこう持ってビリ~ッと引き裂いてやらあな。てめえのような奴を飼っている主人の面ぁ見てえからここへ持って来いや、この盗っ人野郎め!」

番頭 「盗っ人呼ばわりとは聞き捨てなりません。あたしが何時、何を盗みました?」

熊さん 「てめえのような商売の道を知らねえのを商売盗っ人っていうんだ。おい、源公、おめえも悔しかったら何とか言ってやれ」

源さん 「いいよ、いいよ、もう帰ろうよ」

熊さん 「何でもいいから、何か言ってやれ」

源さん 「俺はこのとおりだらしねえが、熊さんはしっかり者だぜ。なにしろ、牢屋にだって入ってるんだから」

熊さん 「馬鹿、余計なこと言うんじゃねえや」

源さん 「こらぁ、番頭、お前は商売の道知らねえな。たとえ、三文の物を三両とつけられても・・・」

熊さん 「そりゃ、あべこべだ」

源さん 「おれが十年も若かったら、てめえの上あごと下あごをこうやって持って、・・・そん時、俺の指なんぞにかみつかないでおくれ・・・上あごと下あごこうやってビリ~ッと引き裂いて・・・中をようく調べてやらあ」

番頭 「へ~ぇ、いったい何を調べるんで?」

「てめえの腸(はらわた)がサラか古いか・・・」」



神田柳原土手の古着屋 (「江戸商売図絵」三谷一馬)
床店なので夜になると店を閉じて帰った。
        



柳原土手跡(神田川) 「説明板
筋違御門から浅草御門あたりまでの神田川南岸の堤(右側)
古くから岸辺に柳があり、太田道灌は江戸城の鬼門除けに、さらに
数十株の柳を植えた。万治2年(1659)に堤が築かれて柳が移植された。
将軍吉宗も柳を増やした。この土手一帯に土手見世(店)ができたのは
延享年間(1744~48)で、夜や雨の日、商売をしない時はたたんで置ける
たたみ床で、床見世とも呼んだ。大半は古着屋で、古本屋、古道具屋、
売卜者、怪しげな薬の立ち売り、あほだら経、辻講釈の大道芸人なども出ていた。
夜は人通りも少なく、夜鷹目当てのお店者が来るぐらいで、しばしば辻斬りが横行した。
(『落語地名事典』より)  右は柳森神社





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