「柳の馬場」


 
あらすじ 按摩富の市は療治より口が達者で、舌先三寸、口から出まかせ、知ったかぶりで大言壮語だが客も多くついている。ある日、さる武家の屋敷で、
主人 「その方、たいそう武芸に達者と申していたが、それはまことか?」

富の市 「表町の真楊流の柔術の斎藤先生の道場へ療治に上がっておりましたところ、先生からひとつ柔術をやってみないかと言われました。療治の後に稽古に励みましたところ、五年ばかりで目録をいただき、つい先日に免許ということになりました」

主人 「ほほお、恐れ入ったな。これで、もう一芸、馬の稽古でもいたしておれば武士として取り立てても恥ずかしくないな」

富の市 「へえ、馬の方も少々、大坪流でこれも免許まででございます」

主人 「たいしたものじゃな。だが、目が見えなくては弓などはできまい」

富の市 「いいえ、顔にあるだけが目ではございません。心の目、心眼を働かせて感で的が分るのです」

主人 「なるほど、では剣術はどうじゃ。相手の太刀をどうして受けるのだ」

富の市 「相手の風を切って来る太刀風を感じて、右や左に体をかわしながら打ち込みます。北辰一刀流の免許でございます」

主人 「どれも見事な腕前じゃな。当家には立派な馬場があるが、長いこと使われていなかった。先日、親戚筋から仔馬を譲られたが、これがなかなかの癖馬、じゃじゃ馬で乗りこなすことができん。是非、そなたの腕前で一鞍攻めて見てくれ」

富の市 「・・・それは造作もないことで・・・実はさるお屋敷の奥方が急な癪を起こしまして私の鍼を待っておりますので、それを済ませてからということで・・・」

主人 「ほほう、さようか。それは急がねばならぬ。馬を貸すからそれに乗って行け」、家来に馬を引かせて来る。

富の市 「いえ、結構で、こんな駄馬に乗りましては免許の手前・・・」、ごちゃごちゃ言っているが、富の市を無理やり馬にまたがらさせ、

主人 「駄馬で悪かったな。これ、かまわぬから一鞭あててやれ!」、家来が馬の尻を鞭でビシッと一発。馬は棒立ちに立ち上がったと思うと、馬場を無茶苦茶に走り出した。

富の市 「人殺しィ~、助けてくれ~」、泣きっ面をして馬にしがみついている富の市は、柳の枝が頭に触るのを感じて必死に枝に飛びついてぶら下がった。みなは面白がって笑っているが、

富の市 「どうか、早く助けてください~」

主人 「待っていろ、今助けてやる。絶対に枝から手を放すなよ。下は何百丈という深い谷だぞ」

富の市 「ああぁ~、早くお助けを!もう腕が抜けそうで我慢できません」

主人 「助けてやるが、以後、舌先三寸、口から出まかせの嘘をつくのをやめるか」

富の市 「へぇ、もうけっして嘘などは申しませんから、早くお助け~」

主人 「よし、これから人足を呼んで谷の上に足場を組んで・・・」

富の市 「そんな、もう持ちこたえられません。あたしが死にますと六十八になる母親が路頭に迷ってしまいます」

主人 「心配無用じゃ、その方が谷へ落ちて死ねば母親はこの屋敷に引き取って、生涯安楽に暮らさせてやるぞ。その方が母親も喜ぶであろうから早く手を放してしまえ」

富の市 「情けないことになりました。腕が抜けそうでもう駄目です。それではおふくろのことはよろしくお頼み申します」

主人 「自らの口から出た災難じゃ。諦めて早く手を放せ!」

富の市 「・・・それでは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・エイッ・・・」

手を放すと地面へポンと立ってしまった。立つわけで足の下、わずか三寸




  
        






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