★あらすじ 船場の商家の堅物番頭の次兵衛は今日も店の者に小言を並べている。
定吉、佐助、喜助と続き、南(ミナミ)のお茶屋に遊びに行っていた藤助には、「南は堺か和歌山か? なぜわざわざ遠い所まで茶を買いに行くのだ? 芸者という紗は夏着るのか、冬着るのか? 舞妓という粉は一升いくらか? 太鼓持ちという餅は焼いて食たら美味いのか?」なんてしらじらしいことを言って、得意先を回って来ると言い店を出た。
少し行くと派手な身なりをした太鼓持ちの茂八が待っていて、桜の宮に花見に行く屋形船が待っている高麗橋へと向かう。途中、着物を預けてあるある駄菓子屋で、着物、羽織の紐から持ち物、帯、雪駄の鼻緒まで粋な物に着替える。
芸者衆らが待つ高麗橋の浜から屋形船に乗った次兵衛は誰かに見られるとまずからと障子をぴったりしめ、ちびりちびりと酒を飲み始めた。船の中は締め切って蒸し暑く桜も見えず、芸者衆は不満でぶつぶつ言い始めるので、障子を開けると満開の桜の見事な春景色で、次兵衛は顔を扇子で隠して芸者衆らと土手に上がることにする。
一方、店の旦那も桜が見ごろと聞き、医者の玄白先生と歩いて桜の宮へやって来た。玄白先生は扇子で顔を隠して芸者らと踊っている次兵衛をめざとく見つける。まさかと思った旦那もよく見ると次兵衛に違いない。
旦那はこんなところで出会って恥を掻かせてもいけないと、脇を通り抜けようとして次兵衛につかまってしまった。顔の前の扇子を取った次兵衛は、「これはこれは、旦さんでございますかいな。長らくご無沙汰を致しております。承りますれば、お店も日夜ご繁盛やそうで、陰ながら・・・・」と、神妙な面持ちで喋り始めた。旦那は取り巻き連中に、「大事な番頭だからケガなどさせないように遊ばしてやって下さい」と言って帰って行った。
さあ次兵衛はいっぺんに酔いも醒め、顔面蒼白。歩いて駄菓子屋に行き、着替えて店に戻るが生きた心地もせず、店の者にいつもの小言を並べる余裕などなく、頭が痛いから布団を敷いくれと言って二階に上がったが寝られる心理状態ではない。荷物をまとめてこっちから先に店から逃げ出して行こうとしたり、あれこれと考えて悶々としているうちに夜が明けてしまった。
帳場に座ったものの、帳簿の字なんか頭に入るはずもない。いつかいつかと思っているとやっと旦那からお呼びが掛かった。
旦那の顔をまともに見られない次兵衛を前に、旦那は一家の主を旦那という由来を話し始めた。「五天竺の一つの南天竺というところに赤栴檀 という見事な木があり、その根元に難莚草(なんえんそう)という雑草がはびこっているそうじゃ。難莚草をむしり取ってしまうと、赤栴檀も枯れるそうじゃて。 難莚草が生えては枯れるのが赤栴檀の肥やしになり、赤栴檀の下ろす露が、難莚草には肥やしになるんじゃそうな。
寺方と檀家これでないといかんというので、赤栴檀の「だん」と難莚草の「なん」と取って、在家の人のことを「だんな」というようになったそうな」と、店の旦那と番頭・丁稚など若い連中などのことと絡めて話した。
ぺこぺことお辞儀ばかりしながら有り難そうに聞いている次兵衛に、旦那は次兵衛が店に来た十二才の頃の話しをし、やっと本題の昨日の一件に入った。
旦那は昨夜、帳面を全部調べたが一つの間違いもおかしな所もなかったと言い、「立派なもんじゃ。使うときはびっくりするほど使こうてこそ、またびっくりするよな商いもでけますのじゃ。やんなされ、やんなされ。わしも付き合うさかい誘うてや」と、次兵衛には神様仏様お釈迦様の言い様で涙がこぼれて来そうだ。
旦那 「けど昨日は、妙な挨拶をしたなぁ、”長らくご無沙汰をしとります”とか”陰ながら”とか、長いこと会わんよぉなことを言ぅたが、 あら酔ぉてたんじゃな?」
次兵衛 「お顔を見た途端に酒の酔いなんかきれいに消し飛びましたけど、あぁ申し上げるよりしょうがございませんでした」
旦那 「何でじゃいな?」
次兵衛 「こんなとこ見られたんで、こらもう”百年目”じゃと思いました」
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