「百本杭(ひゃっぽんぐい)


 
あらすじ 本所両国界隈を仕事場にしているスリの金蔵。仕事帰りに鳥鍋で一杯やろうと「ぼうず志ゃも」の暖簾をくぐると、客は人品卑しからぬ老体の武士と、目つきの悪い辻斬りでもしそうな浪人風の侍だけで閑古鳥が鳴いている有様だ。

 店の女将はこのところ百本杭あたりで辻斬りが出て、夜は開店休業のようだと嘆く。金蔵が鍋をつついていると、かなり酔った老体の武士が勘定をして店を出て行く。随分と金を持っているようだ。金蔵は鳥鍋屋でいい鴨を見つけたと洒落ながら、もう一仕事、一稼ぎとよせばいいのに武士の後を追う。

 百本杭
あたりまで来たとき金蔵は武士を追い抜きざまに、肩にぶつかり仕事に取り掛かるが、スリと見破った武士はよけながらサ-ッと刀を抜き金蔵に峰打ちをくわす。気を失った金蔵を尻目に、武士は鞍馬を謡いながら平然と立ち去って行った。

 しばらくして息を吹き返した金蔵は右肩の激しい痛みに、右腕を切り落とされたと思い、これでスリ稼業もできなくなったと悔しがる。そばには無残にも切り落とされた右腕が転がっている。金蔵はそれを無念そうに手に取って気づく。叩き切られたと思った右腕はある。肩に峰打ちを食わされただけだったのだ。

 欲の皮の突っ張った金蔵は肩の痛みも忘れて、この右腕の上手い使い道はないかと考え始める。いい考えも浮かばず、女房のお光の知恵を借りようと腕を拾って長屋へ帰る。

 お光とあれこれと腕の利用法について算段しているところに、相生町の岡引き(御用聞き)の伝七が、蝋燭(ろうそく)を2.3本貸してくれと入って来る。伝七は金蔵のスリの現場を押さえようと、後を付け回しているのだ。金蔵はこのとおり辻斬りに右腕を叩き切られてもう仕事はできないと拾ってきた腕を差し出す。

 そんな子供だましは伝七には通じない。伝七は腕を取り上げ、豆だらけの指先と爪の間に糠(ぬか)が詰まっているのを見せ、これは遊び人の手ではない、今夜辻斬りにやられた穀屋の若い者の右腕だと金蔵に詰め寄る。金蔵も観念し、「もう指先の仕事から足を洗って、まともな仕事につきますからどうかご勘弁を」と泣き落としにかかる。

伝七 「番所で調べるからその腕を持ってついて来い」

金蔵 「峰打ちを食わされて右腕はききません、とてもその手は持てません。親分の方で持ってください」

伝七 「俺はとうから手はいっぱい持っているんだ」

金蔵 「そんなこたぁ ないでしょ。手は二本でしょ」

伝七 「俺の稼業は御用聞きだ。このとおり十手を持ってる」


                                                        
 春風亭柳朝(1984年?月収録)
                                                     

    


    両国百本杭 『写真の中の明治・大正』(国立国会図書館) 
隅田川の流れを和らげ、川岸・土手を保護するため水中に打ち込んだ杭。
ここには水流の関係で、いろんな物が流れ着いた。
水死体もその一つで、江戸一番の土左衛門の名所だった。
また、明治中頃までは鯉の釣り場として有名だった。   



両国橋大川ばた(名所江戸百景)
対岸の両国橋の少し上流に百本杭が見える。
現在の隅田川東岸のJR総武線の鉄橋下あたり。



「忍宵恋曲物 百本杭の場」(新富座 明治22年春狂言)
(国立国会図書館デジタルコレクション)

歌舞伎「稲瀬川百本杭の場
稲瀬川は隅田川(大川)



両国橋

両国橋





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