★あらすじ 新町のなじみに店に向かう村上の旦那、大門あたりの幾代餅の店でアンコをつけていない粟餅を買って包を懐(ふところ)に入れ店に上がる。
いつもの連中と騒いでいると、旦那は腹が痛いと浮かぬ顔、隙をみて粟餅を取り出し、足の間にそっと落として立ち上がり、「あぁ、出るもんがコロッと出たさかい、すっくりと治った」、皆が旦那の足元を見て、「旦さん、何という事を遊ばしますねん」、雑巾だ、ほうきだと大騒ぎ。
旦那は少しも慌てず騒がず、「わしの体から出たもの、わしが始末つけたるわい」と、それをつまんで口の中にポイと入れ、美味そうに食ってしまた。
芸者たちは逃げ出すやら、反吐(へど)を吐くやらの大騒ぎ。幇間(たいこもち)の一八がしゃしゃり出て旦那に説教を始めた。「・・・あんたがこんなことをなさるとは御人体(ごじんてい)にかかわります・・・」なんて偉そうな物言いに、旦那は懐から粟餅を取り出し、「・・・趣向を見破って、旦さんのお身体から出たもんなら私が頂戴いたしますと、食う真似でもしてみい。お前の額(でぼちん)に百円札一枚、ペタッと貼りつけたるんや」、一八「旦さん、それを先に言うといてくれはったら」なんて虫のいいことを言っている。
そのうちに旦那は本当に手洗いに行きたくなり、そっと座敷から出た。それを見逃さずに一八、また旦那の悪ふざけを始めると思って、百円札目当てについて来て、「旦さん、この辺でどうです」としつこい。手洗いの入口でもめているいるうちに、旦那はこんどは本物(ほんまもん)を、コロッと落とした。
一八が、「ありがたい、ここでご祝儀」と、つまみ上げて口元まで持って行った時の顔が旦那には忘れられない。それ以来、”ババの旦那”という仇名がついてしまい体裁が悪いので新町からは遠ざかっている。
大晦日にそんなことを思い出しながら一人でぶらついていると、遊び仲間の又兵衛に出会う。旦那は明日、南に一軒店を持たせてある若い芸妓の国鶴のところで遊ぼうと誘う。むろん、旦那はただ飲んで騒ぐだけではない趣向を考えている。国鶴一家は大のけんげしゃ、かつぎやで、何でもかんでもの御幣かつぎ。正月早々、縁起でもないこと言ったりしたりして、国鶴たちの困った顔を肴に酒を楽しもうという悪巧みだ。又兵衛には十人ほどの葬礼の姿で”冥土から死人(しぶと)が迎えに来た”と店を訪ねて来るように頼む。
さあ、元旦の朝、旦那は船場の本宅で年酒を祝って家を出て南へ、戎橋を渡り橋筋中筋東へ入った南側の「鶴の屋」看板、横に国鶴の親父さんの、林松右衛門の表札のかかる家へ入る。
国鶴の母親の長い年始の挨拶を聞き流した旦那「この家で何か変わったことはなかったか?」、「いえいえへ別に変わったことなど・・・」、旦那「・・・昨夜、国鶴が井戸に飛び込み、後を追ってお前(ま)はんも続いてドボーン・・・”何をするねん!”と言う自分の声で目が覚めた」と、旦那のおふざけ趣向が始まった。
母親はもう始まったかと冷静に「縁起でもない、おかげさまでこの通りみな無事で・・・それに旦さん、昔から夢は逆夢と言いますよってに」と逆手に出た。旦那「そうか逆だったか、国鶴が先に飛び込んだと思ったが、お前さんが先だったか」と、一枚も二枚も上手だ。
旦那 「親父どんの顔が見えんが?」、「早々からお礼に参っとります」、旦那「正月早々、葬礼かいな。国鶴は?」、母親「二階で髪を・・・」、「下ろしてるか」、げんの悪いことばかり並べ旦那は二階へ上がる。
旦那 「おお、春の飾りが見事にでけて・・・この短冊は」、国鶴「錆田の先生がお父つぁんの還暦祝うて作ってくれはりました。名前の林松右衛門を折り込んで、”のどかなる林にかかる松右衛門”でおます」、旦那「けったいな句やな”のどが鳴る早や死にかかる松右衛門”」、国鶴「そんなもう・・・お母ちゃん、こんな短冊、外してしまいなはれ」と、きりきりして来る。
さらに旦那は屠蘇(とそ)を土葬、お燗を湯灌、黒豆を苦労豆、昆布(こん)巻きを棺巻、にしんを死人と、止まらない。重箱の蓋を取って、煮しめの上の青のりを見て「煮しめが草葉の陰から」なんて絶口調だ。
国鶴は話題を変えて芸妓仲間と初詣に連れて行ってとねだる。
旦那「おお、行こ行こ、どこがええ」、「天満の天神さんへ行きたいわ」、旦那「あの人は無実の罪で大宰府に流され、一人寂しゅう死にはったなあ」、
国鶴 「そなら木津の大黒(大国)さん」、旦那「大黒さんは大きにくろうすると書く」
国鶴 「ほな、恵比寿さんにします」、「今宮の恵比須さんは耳が遠くて目が近い」
国鶴 「生玉はん!」、「生玉はんは松屋町筋を真っすぐ、迷わずただ一筋に・・・・」
国鶴 「そんなご法談みたいなこと、わて、もうどこへも行かへん」とお冠。
そのうちに芸妓仲間が来て座敷は賑やか、陽気に盛り上がり、国鶴の機嫌も直った頃、又兵衛が昨日の打ち合わせの手筈通りに葬列姿でやって来た。
又兵衛 「村上の旦那に冥土から死人(しぶと)が迎えに来たとお取次ぎを」、びっくりした母親が仕方なく取り次ぐと、
旦那「京都の御影堂のそばに住んでいる、渋谷藤兵衛という男や、略して”めいどのしぶとう”や」、二階に上がった又兵衛に旦那は、「これがこの頃ひいきにしている妓や。まだ鼻垂れ芸者やけど国鶴というて」と紹介する。
又兵衛「鼻も垂れるやろ、首つるなら」、二人がかりでげんの悪いことばかり言いたい放題で、国鶴は今にも泣きださんばかり。
ちょうど下を通り掛かったのが幇間の繁八、葬列にびっくりして母親に聞いて納得、あの旦那ならやりそうな趣向と、中に入って二階へ上がってみなの前で、「・・・・どなたはんも、こなたはんもおめでとうさん、おめでとうございます」の連呼。
旦那 「なんや呼びもへんのにいきなり上がって来て、めでたい、めでたいとべらべら、何がめでたいねん。・・・お前のような目先の見えん奴はもうひいきにせん。帰れ!」、しもたこいつはしくじったと繁八、下へ駆け下りて表へ飛び出したが、すぐに死装束でまた上がった来た。
繁八 「・・・初春(はる)早々、旦さんのような良(え)えお客さんをしくじるようでは、もうあかんと思いまして、繁八改め”死に恥”と改名いたしまして、頓死玉の憂いに参りました。これはこころばかりの位牌でございます」
旦那 「うーむ、繁八を死に恥、年玉の御礼が頓死玉の憂い、心ばかりの祝いが心ばかりの位牌とは・・・よう出来た。よし、今までどおりひいきにしてやるぞ」
繁八 「ご機嫌が直りましたか。ああ、めでたい」で、またしくじった。
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