「鍋墨大根」

 
あらすじ 前後の駕籠に大根を盛り上げ、おうこをギシギシとしならせて八百屋長屋に入って来た。長屋のおかみさんが「一本、なんぼや」

八百屋 「六文でお願いしとります」

おかみさん 「ちいと負けえな」、八百屋が負からないと言うと、

おかみさん 「この大根全部で何本あるの」

八百屋 「ちょうど百本おます」

おかみさん 「そなら百本全部買ったら何ぼになる」

八百屋 「そりゃ、荷が片付くさかい、四百文でよろしいわ」

おかみさん 「ほな、一本四文やな。三本もらうわ」

八百屋 「そんな無茶言いなはんな」

おかみさんは四文なら長屋で荷の半分くらいは片付くと大声で、「お長屋の皆さん、八百屋さんが大根四文に負けてくれはるさかい、買うたげとくなはれ」と叫び、三本の太そうな大根を選んで家に持って来るように頼む。

 八百屋は一方的にかみさんに押されっぱなしでぼやくばかり。せめてもの抵抗と、かみさんが選んだのとは違うのを三本持って行く。十二文払おうとしてかみさんは選んだ大根と違うのに気づく。

おかみさん 「もっと太うて長い良(え)え大根や」

八百屋 「違わしまへんがな」

おかみさん 「さっき鍋の尻をガリガリかいて、手は鍋墨でこのとおり真っ黒や。この手で三本選らんだよって大根には黒い印が付いているのや」、八百屋はもう口答えできない。口下手の俺は商売には向いていないと駕籠屋に転職する。ちょっと強引な話の展開だが、職業選択の自由とでもしておこうか。

 まあ、駕籠屋になってもこの男の要領の悪さでは上手く行くはずもない。今日も客にあぶれてぼやいていると相棒が客を引いて来た。

客 「堀江まで何ぼや」

駕籠屋 「ニ朱でお願いしまっさ」

客 「さよか、三朱で行ってくれ」、訳が分からずきょとんとしている駕籠屋に、

客 「二朱と決めたところで、酒手だの走り増しだのと、ごちゃごちゃが嫌やあからポッキリの三朱で手を打ってんか」、文句のあるはずもなくOKすると、客は天保銭を渡し、「二人ともその辺で茶碗酒の一杯でもやっといで」と、なぜか気前がいい。

 駕籠屋が駕籠から遠ざかると、客は手招きしてでっぷり太った男を呼ぶ。「関取、三朱で話はつけましたよって、早う駕籠に乗ってくなはれ」と、二人前くらいある相撲の力士が駕籠に乗り込んだ。

 そうとは知らず、酒を飲んで気持ちよさそうに戻って来た駕籠屋。かつごうとするとその重いこと。さっきの人は細身の人だったはずと、駕籠の中を覗くと、

駕籠屋 「なんちゅうことをするねん、中身が変わって関取が乗ってるがな」

駕籠屋(元八百屋) 「しもた、さいぜんの客に、鍋墨塗っとくんやった」



    
 
  


参考:『江戸時代の貨幣価値と物価表










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