★あらすじ 船場の南本町のある商家の前に、黒と白とブチの三匹の犬が捨てられている。
犬好きの丁稚の常吉から飼ってくれとせがまれた人のいい旦那は、常吉に犬の世話をすることを約束させて三匹とも飼うことにした。
すぐにこの家に慣れた犬たちは店の人にも可愛がられるようになった。ある日、店の前を通り掛かった商人風の男が、クロ(黒)の犬を貰いたいと言ってきた。旦那はどうぞすぐに持って帰ってくださいと言うと、男は「一度 帰って吉日を選んで頂戴に来る」と帰ってしまった。旦那は、あまり犬を可愛がるので、あの男が冷やかし半分でなぶりに来たんだと機嫌が悪い。
それから十日ほど経ったある日、 クロを貰いたいと言った男が紋付き羽織、袴でやって来た。この間はなぶりに来たのではないと分かった旦那だが、手土産と差し出された鰹節一箱、反物二反、酒三升で心が変わった。拾った犬で金儲けした、物儲けしたなんて言われたんでは表を大手振って歩くことでができない。クロはやれないと突っぱねた。
男は今橋に住む鴻池善右衛門の所の手代の太兵衛と名乗る。坊(ぼん)が可愛がっていた黒い犬が悪い病気で死んでしまい、坊は悲しんで物も食べずに病気になってしまいそうで、似た犬を探し回っていたという。そうと知った旦那は喜んでクロを貰ってもらうことにする。
太兵衛はクロをもらうのは養子を迎えるのと同じで、今後は当家と親戚付き合いを願いたいの申し出る。太兵衛は、「天下の金満家と親戚付き合い」と有頂天になる旦那に見送られ、クロを立派な輿(こし)に乗せて帰って行った。
鴻池の坊はクロを見て喜び、コロッと元気になってしまった。さてクロは広い庭で放し飼いされ運動充分、栄養満点の美味い物ばかり食い、大きく逞しい犬に成長した。喧嘩は強いし、もめ事は仲裁するし、弱犬の面倒はよく見るし、雌犬には優しく大もてで、「鴻池のクロ」と言えば泣く犬も黙る大阪一の大将、親分、親方、兄貴、顔役犬となった。
ある年の春先のこと、一匹の痩せこけ、毛が抜けて毛色も分からぬ犬がヨロヨロ、ヨタヨタとこの町にやって来た。近所の犬たちはよそ者が挨拶もなしに歩いているので、前から後ろから「ワン、ワン」と吠えて脅しにかかった。
痩せ犬は「キャインキャイン、キャイン、キャイン、キャイ〜ン・・・・」とみじめに泣くばかりだ。この泣き声を聞いたクロがやって来て、弱い者いじめはするなと犬どもを叱り、痩せ犬を見るとどこか見覚えがある。痩せ犬の身の上話で南町の商家で拾われて育てられた弟犬と分かった。
弟犬はもう一匹は荷車にはねられ死に、自分も悪い友達に誘われ、拾い食いや盗み食いの味をおぼえ、あちこちと食い漁っているうちに悪い病気にかかって毛が抜け痩せ衰え、商家からも愛想をつかされ捨てられ、今は今宮に住んでいると語った。
我が懐かしの弟犬と知ったクロは弟の苦労話に涙をこぼし仲間に紹介し、何か美味い物食わしてやると言っていると、奥の方から「コイコイコイコイッ・・・・」と呼ぶ声、ダァ〜ッと走って行ったと思ったら、鯛の浜焼をくわえて戻って来て、弟の前に食べろと置いた。
喜んでむさぼり食っていると、また「コイコイコイコイッ・・・・」で、今度は鰻巻きをくわえて戻って、弟に食えとポイと置いた。兄さんからお先にと遠慮すると、「そんなもん食い飽きている。今晩あたりあっさりと奈良漬で茶漬けが食べたい」と余裕しゃくしゃくの言い様だ。
すると、また奥の方から「コイコイコイコイッ・・・・」
今度はお汁のもんか何かもろて来たるとダァ〜ッと走って行ったが、何もくわえずに戻って来た。
弟犬 「兄さん、今度何くれはりました?」
クロ 「それがな、今度は何にもくれはれへん」
弟犬 「今、”コイコイコイコイッ”言うてはりましたがな」
クロ 「坊にオシッコさしてはったんや」
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