「くやみ」

 
あらすじ くやみは半分は顔の表情で言い、あとの半分は何を言っているのか分からないほど、有難みがある。「ほんまに何と言うことで・・・やっぱりよほど前から・・・あんなええ人が・・・さよか・・・へえへえ・・・ほんまに・・・まだ、お若いのに・・・そらぁ、・・・さいなら」、これは上手い方で最初と最後だけ聞こえれば十分くやみの役割を果たしている。

 下手な人は余計なことを言い過ぎる。「えらいこってしたなあ・・・隠居はんかて悪気があって死にはったわけやないやろ・・・保険はだいぶ入ってはったんでそうで・・・保険と言えばうちの息子、保険会社に就職が決まったて喜んでますような・・・どうぞまあ、皆さんによろしゅう・・・」、
受付甲 「何だんねん、あの人の今の挨拶。そやけど、おもろいもんでんな。いろんな人が来るさかい」

 炭屋の大将が真っ黒な手のままやって来た。「隠居はんが死んだちゅうんで、まあ、びっくりして飛んで来たようなこって・・・今の店も親父が死んだとき可哀そうにと、隠居はんの世話で借ってもろたんで・・・御恩返しに一生懸命勉強して・・・炭かて炭団かてよその店とは違いまっせ・・・一ぺん使てもろたら値打ちが分かります。・・・炭が要るような時には是非一つ、へえ。お値段の方はまた相談に乗りますがな。頼んまっさ。ほな、さいなら」と、炭の宣伝をして帰ってしまった。

 次に来たのが町内で噂の最上屋の別嬪な女中(おなごし)さん、「おじゃまをいたします。表の最上屋から参りました。・・・承りますれば・・・ご愁傷様で・・・主人がどうしても手が離せない用事で・・・ほんの些少ではございますけれども、御仏前へ・・・」と、静かに低い声でくやみの手本のようだ。

受付乙 「まあまあ、これは結構なお祝いを」なんて、別嬪さんを前に舞い上がっている。なんとか引き留めて話をしたいとべんちゃらを並べるが、女中さんは、冷ややかに丁寧にことわって帰って行ってしまった。

 がっかりしてしていると、路地から手伝い(てったい)の又はんが入って来た。
受付乙 「ちょっとすまん。受付代わっとくれ」
受付甲 「何でやねん」
受付乙 「あの人には悪い病気がおまんのやがな。嫁はんののろけを言いまんねん」
受付甲 「嫁はんのろけぐらい何だんねん。おもろいやないか。でも葬礼の家へくやみ言いに来て女房ののろけ話はしないやろ」
受付乙 「そうとは思うが、あいつののろけは時や人、場所を選らばへんよって・・・又はん、お越し」

又はん 「えらい遅(おそ)なりまして。・・・ここの隠居はんみたいな面倒見のええ人はいまへんで。・・・わてがまだ若くて独身(ひとりみ)の時分、・・・この家の土蔵の建て替えを手伝って壁塗って・・・向かい側の薬の大和屋の座敷に見えたの女中(おなごし)が、今の家内でんねん」

受付乙 「・・・ほら、ぼちぼち始まったで」

又はん 「・・・壁塗りながら向こうを見て・・・針仕事をしながらこっちを見て・・・思はず見かわす顔と顔・・・それが縁でうどん屋に行ったり、寿司食いに行ったり・・・とうとうややこしいことになって・・・このことが薬屋の主人にばれて・・・中に入ってくれたのがここの隠居はんでんねん。・・・おかげで夫婦になって二十五年、一ぺんも喧嘩なんぞしたことおまへん。・・・(長々とのろけ、書くのもつらい)・・・・・わて都都逸が好きで、あいつの三味線で、テトーン、テトーン(口を押えて)、文句だけ聞いてもらいますわ。この舌で嘘をつくかと思えば憎い、♪咬(か)んでぇーやりたー時もあるぅー、言うたら、三味線放り出してわたいの膝へ・・・今時分あいつ心配して待ってるやろ、早よ帰って顔見せて安心させてやりまっさ。さいなら、ごめん」

受付甲 「・・・えらいのろけやなあ。こうまでひどいとは思はなんだ。・・・あんた、どないしなはりやった」

受付乙 「あんた、わたいが代わってくれ言うてんのに代わってくれんさかい、まともに心臓にこたえたがな。今晩、わいの葬式が出るかも」



  


桂枝雀の『くやみ【YouTube】






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