「生兵法」
★あらすじ 源ちゃんと梅ちゃんが歩いていると、
梅 「向こうから来た見たような顔・・・、どうも思い出せねえ・・・」
源 「・・・あれはおめえ、伊勢六の若旦那だ」
梅 「へえ~、伊勢六の若旦那ってえのは、色白の優男(やさおとこ)だったんじゃねえか?」
源 「ちょいと前まではそうだったが、生っ白くて腕力のない男は女にもてないと、すっかり宗旨変えして、横丁の剣道の道場で、朝から晩まで、やっとう、やっとうのご稽古。ご飯のおかずだって納豆しか食わねえ」
梅 「たいそうな凝り固まりだね」
源 「そうよ、つんつるてんの着物で袴はいて、鉄扇持って歩いてるんだ。先生と呼ばなくちゃ返事をしねえんだ・・・先生!どちらへ」
若旦那 「これはこれは、ご両所にはいずれへ?」
源 「ご両所ときましたよ。先生は近頃、すっかり剣道のほうを、ご勉強だそうで」
若旦那 「おかげでもう免許皆伝の腕前だ」
源 「へえ、筋がいいんですねえ。腕前なんぞ試したことがありますか?」
若旦那 「むろんある。二、三日以前であるかな、若者二人が、この先の四ツ角で拙者へどんとぶっつかっ来おった。言い争ううちに二人して拙者に打ちかかって参った。ひらりと体をかわしておいてビシッと打ち据え、今一名の若者も肩にかついで投げ飛ばした」
源 「その若者てえのはいくつぐらいで・・・」
若旦那 「三つか四つで兄弟のようだった」
源 「いやですよ。こっちぁ本気で聞いてるんだから」
若旦那 「ハハハッ、これは冗談、ここでひとつ真面目に、免許皆伝の奥義をご覧に入れよう」
源 「へえ、奥義ですか・・・」
若旦那 「気合もろともこの鉄扇の陰へ拙者の体が隠れちまうという、雲隠れの術だ。よ~く見ておれよ、エイッエイッ!・・・どうだ見えまい」
源 「見えます、見えます」
若旦那 「気合が足りなかったようだ。エエエイのエイヤッ!どうじゃ見えまい」
源 「さっきよりよく見えます」
若旦那 「ご両所、目をつぶって・・・」
源 「あたりめえだよ、目つぶってて見えるわけがねえじゃねえか・・・いやだよ、先生」
若旦那 「源ちゃん、君は力があるそうだな」
源 「へい、自慢じゃないが、素人相撲じゃ大関で」
若旦那 「拙者の胸倉を敵だと思って取って参れ。遠慮はいらん。これをわずか二本の指、人差指と親指で、君の腕をパッとほどく。これが免許皆伝だ」
源 「じゃあ、先生いきますよ」と胸倉に手を掛けると、
若旦那 「君、あまり力ないね」
源 「まだ握っただけです・・・力入れますよ・・・」
若旦那 「くッくッくッ・・・おいこら、おい、死んじまう、・・・こら、離さねえか・・・こうなれば奥の手の野猿流だ」と、思い切り源ちゃんの腕を引っ掻いた。
源 「痛っ、痛いよ、すごい爪だね猿より伸びてるよ。よくわかりました。もう免許皆伝、結構です」
若旦那 「まあ、そう言わずに。おや、梅ちゃん懐に何か持ってるね」
梅 「あぁ、これ縁日で買ったハツカネズミで」
若旦那 「ちょうどいい、蘇生術をご覧にいれよう。握り殺してすぐにパッと生き返らせる技だ」
梅 「あんまりあてに出来ませんね、先生の免許皆伝は。生き返らなかったら弁償ですよ」と、一匹渡した。
若旦那 「心配無用、ちょっと握ればこのとおり、死んで・・・こいつはなかなか元気なやっちゃな。逃げようとしている。・・・そうはいくものか」と、思い切り握ったものだから、ネズミは動かなくなってしまった。
梅 「あ~あ、哀れな姿になっちまったよ。これが生き返りますか」
若旦那 「むろん生き返るぞ。急所に鯖(さば)を入れて・・・鰹(活を)入れれば・・・エイエイヤー、さあ起きろ!」
源 「起きないよそりゃ、それ死んじゃってるんだ、寝てるんじゃないんだから」
若旦那 「ははぁ、こりゃァ筋(きん)が弱いな、こいつは・・・エエイッ、タァーッ!」
梅 「ああぁ、潰しちゃったよ。酷いねこりゃ、生類憐みの令で罰せられるよ。動物愛護団体も黙っちゃいないよ」
源 「ああ、目が飛び出しちゃったよ」
若旦那 「心配するな。来年になりゃ新芽が出らぁ」
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