「抜け雀」

 
あらすじ 東海道小田原宿の宿屋、小松屋清兵衛の前に立ったのが、汚れた着物の年の頃なら三十手前という。「しばらく滞在したい。・・・金の五十両ぐらい先に預けておいたほうがよかろうのう」、「いいえ、お勘定はご出立の時にまとめてで結構でございます」

 この男、毎日晩は一升、昼は五合の酒を飲んでぶらぶらして出立する気配もない。宿のかみさんがぐずぐず言い出し、亭主「・・・酒代だけひとつ・・・お下げ渡しをいただきたいもんで」
男 「もう六日目になるなあ。宿代、酒代まとめてどれぐらいになるな」
亭主 「・・・一両三分ばかりになります」
男 「それは安いな。だが、それが無いのじゃ」、男は金の入る当ても、宿賃の抵当(かた)に入れる物も皆無と言って悪びれた様子もない。

 呆れて困った亭主「・・・あんたの商売は何です」
男 「わしは絵師じゃ、・・・そうだ絵を描いてやろう」、気の進まない亭主に隣の部屋から張り替えたばかりの衝立を持って来させ、亭主に墨を摺らせて筆を取って、「・・・さて、何を描こうか」と、ちょっと考え、ツツツツツーと筆を走らせて衝立に絵を描いた。

亭主 「こりゃあ雀ですか?・・・雀五羽で二両・・・」
男 「これは宿賃の抵当(かた)だ。これを売ってくれと申す者があっても、わしがまた参るまでは売ってはならんぞ」
亭主 「誰がこんなもの買いますかいな」
男 「厄介になった」と、平気な顔で出立してしまった。

 この絵を見たかみさんの怒ったこと。翌朝はふてくされて起きてこないかみさんの代わりに、亭主が二階の雨戸と障子を開けると、衝立から五羽の雀が抜け出て、チュチュチュチュと騒がしく鳴きながら外へ飛び出して行った。

 しばらくすると、戻って来て全員集合、衝立の中にピタッとおさまってしまった。びっくりした亭主はかみさんを呼ぶ。寝ぼけ眼で二階へ上がって来たかみさん、「・・・絵の雀が抜け出て・・・何を寝ぼけたこと言って」と、まるっきし信じない。

 翌朝はかみさんが雨戸と障子を開けて納得、雀の絵をあちこちに宣伝して回った。評判が評判を呼び、小松屋は押すな押すなの大盛況で大繁盛。小田原城大久保加賀守の耳にも入り、その雀を見たいとやって来て、「うーん、千両にて買い上げてつかわそう」、それでも亭主は売るなと言われた約束を守らねばと、これを断った。

 千両もの値がついた雀の絵の雀のお宿はさらにその名を上げて行く。ある日、人品卑しからぬ老人が雀の絵を見たいとやって来た。衝立の前にピタッと座った老人、絵をじいーと見て、「亭主、この雀は死ぬぞ」
亭主 「絵にかいた雀が死ぬなんて・・・」
老人 「絵から抜けて飛び出す力を持っておる雀なら、力が尽きれば落ちて死ぬ。わしが一筆描き添えれば雀は死なん」と、亭主に墨を摺らせ、「衝立に鳥籠を描き加えた」と、言って去って行った。

 なるほど次の朝、飛び立った雀たちは帰って来ると鳥籠へ入り、止まり木止って羽を休めチイチイと鳴いている。これがまた大評判となって、またやって来た大久保の殿様は、二千両の値をつけたが、それでも亭主は約束を守って売らなかった。

 ある日、ひょっこりと雀の絵を描いた男がやって来た。ことの顛末を聞いて、「欲のないやつじゃ。しかし約束を守ってよく売らないでくれた。あらためてあの絵はそなたに進呈する」
亭主 「ありがとうございます。ところで、この間いらした老人の方があの絵を見て、この雀は死ぬぞと言って、鳥籠を描き添えて行きました」

男 「なんと!その鳥籠を見せてもらおう」と、二階へ上がって、じーっと絵をにらんで、畳に両手をついて、「おなつかしゅうございます。・・・亭主、面目ない。これはわしの父上じゃ。・・・かかる所に気づかざりしとは、まだまだ修行が足りません。不孝の罪は平にお許し願いとう存じます」

亭主 「・・・絵に描いた雀が抜けて出るなんて名人になったのに、何が親不孝なことなどありますまい」

男 「現在、親にかごを描かせた」


 サゲは、浄瑠璃「双蝶々曲輪日記」橋本の段の、傾城吾妻のくどき、「野辺の送りの親の輿、子がかくとこそ聞くものを、いかに知らぬと云うものとても、現在親に駕籠かかせ・・・・」をふまえてあり、身の不幸と親不孝を嘆く吾妻の境遇を重ね合わされているというが、今はそこまでは分かる人は少ないだろう。東京落語では、「親を駕籠かきにした」で、単純で分かりやすのだが・・・。詳しくは、『噺の話』で。



     
  



桂米朝の『抜け雀【YouTube】




蒲鉾の籠清
文化11年(1814)の創業。



ういろう本舗
薬のういろう「透頂香(とうちんこう)」と菓子のういろうの店



小西薬局(国登録有形文化財)



小田原宿なりわい交流館 「説明板
昭和7年に再建した「出桁造り」の旧網問屋の建物。



小田原城 「説明板」(天守閣)




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