★あらすじ 吉原の花魁の喜瀬川、久し振りに大嫌いな田舎者の杢兵衛(もくべえ)大尽が来ているので機嫌が悪い。なにしろ顔を見るだけで吐き気がし、虫唾(むしず)が走り、震えが来て止まらないほどで、いくら商売とはいえいやな者はいやなのだ。
一方の杢兵衛大尽、喜瀬川にメチャ惚れ、ベタ惚れのバカ惚れで、嫌われているのをまったく気づかず、年季が明けたら、「夫婦(ひぃいふう)になる身」なんて勝手に思っているから始末におえない。
喜瀬川は若い衆の喜助に、「病気だと、ごまかして追い返しとくれ」と頼むが、杢兵衛大尽、「病気なら見舞いに行ってやんべえ、病院はどこだ」とひるまない。喜助は客の見舞いは吉原ではきつい御法度になっていると、うまく切り抜けたつもりが、杢兵衛さん、「それなら国元の兄が来たと言えばいい」と、引き下がらない。困った喜助が喜瀬川に取り次ぐと、「めんどうだから、死んだと言っておしまいよ」と、どっちもどっちだ。
喜助が「言いにくい事ですが、喜瀬川花魁は亡くなりました。恋い焦がれ、惚れぬいた杢兵衛大尽が長い間顔を見せないので、やせ細って焦がれ死にしました」なんて白々しい言いぐさに、杢兵衛大尽、「喜瀬川がまだそこらに居るような気がするが」、そりゃあそうだ近くでピンピンしているのだから。
杢兵衛さん「死んだんでは仕方ねぇ、帰(けぇ)るとしようか」で、二人の間を行ったり来たりの喜助もほっとするのも束の間、「一度帰るとなかなか出て来れねぇから墓参りすべぇ。寺はどこだ」と来て、喜助も言葉に詰り、「墓は山谷か?」に、うっかり「はい、そうです」と答えてしまった。
これを聞いた喜瀬川、「馬鹿だねぇ〜、そんな近いとこ。同じ言うなら、肥後の熊本とか稚内とか言えばいいのに。山谷に行って好きなお寺で好きなお墓を案内してあげな」と依然、ふてぶてしく、しゃあしゃあしている。
喜助の案内で吉原を出て山谷に来た杢兵衛さんに、喜助は「どの寺にしましょうか」なんて無責任で投げやりだ。喜助は適当な禅寺に入り、線香と花を大量に買い込んだ。墓場に入っていい加減に、この墓が喜瀬川花魁の墓だと言って、墓石の回りを花で埋め、線香を松明(たいまつ)のように焚いて墓石を煙に巻く。
杢兵衛さんは墓の前で涙ながらに線香を上げて手を合わせる。ノロシ(狼煙)のような線香の煙と花の間からひょいと戒名を見ると、「○○○信士 天保三年」で、男で昔の墓でふざけるなだ。次のは「○○○童子」で子どもの墓、その次のは「陸軍歩兵上等兵・・・」で、このでたらめさにあきれた、
杢兵衛 「いってぇ、喜瀬川の本当の墓はどれだ」
喜助 「へえ、よろしいのを一つ、お見立て願います」
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