「お玉牛」(堀越村)

 
あらすじ ここは紀州大和の境の山里の堀越村。百姓の与平次夫婦。嫁さんのおるいさんは、人三化七の器量だが、気立ての良さは村一番、いや紀州+大和で一番でバランスが取れている。

 ある年の冬の雪の夕方、表戸をトントンと叩く音。若い女連れの疲れてやつれた武士が一晩泊めてくれと言う。与平次は旅の者は泊めてはならんというお触れが出ているので、泊めることはできないと断るが、おるいさんが雪の中で冷たそうに立っている娘を見て、可哀そうと思って二人を家の中に入れる。
 武士はもと西国の大藩に仕えていた松本丹下と名乗り、よんどころない事情で脱藩し、娘の玉菊を連れ紀州加太淡島の娘の乳母を訪ねたが、あいにくと死去していてやむを得ず帰る途中という。この玉菊の綺麗なことと言ったら、与平次がこれがおるいさんと同じ人間かと思うほど。

 おるいさんが粗末だが暖かい食事を出すと、二人はよほど腹が減っていたのだろう物も言わずにたいらげてしまった。その夜は、武家親子を奥のひと間に寝かせ、与平次夫婦はいろりのそばで寝た。

 夜更けに玉菊が隣で寝ている父親が冷たくなっているのに気づく。与平次夫婦を起こし手をつくしたが、蘇(よみがえ)ることはなかった。村の庄屋にこのことを話し、ひそかに野辺の送りをすませた。

 さあ、残ったのは娘の玉菊さん。もともと帰りたくもなし、与平次夫婦の親切に心を打たれ、「ここに留まりたい」と言う。与平次夫婦に異存はなく、玉菊は生まれてすぐに大坂へ預けられたおるいの妹とし、名前もお玉にして一緒に暮らすこことなった。

 姉妹にしては全然似ていない顔立ちだが二人は馬が合う。村人たちもおかしいなとは思っても文句があるはずもない。ことに若い連中は若い娘が来るだけでも噂となるのに、これが器量よしで気立てが良くて、同じ村に住むのだから大変だ。お玉に会おうと、大根、人参、芋、大豆なんかを持ってお玉の家へ日参する始末だ。家の中は土産物、貢ぎ物で寝る所もないなんていう有様。

 川の土手で若い者が集って、誰がお玉を、取ったうんと言わせた、唾をつけた、なんてことで盛り上がっている。中には長々とお玉との夢物語を喋り続ける妄想男もいる。そこへを持ったあばばの茂平が意気揚々とやって来て、「この俺がお玉をうんと言わせた」としゃしゃり出た。

 茂平が言うには、土橋の下で鎌を振りながら、「おい、玉ちゃん、この間から手紙やってるのに返事もなし。ここで逢うたが百年目、さあ、うんと言えばよし、いやと言えば、この鎌をどてっ腹へお見舞い申すぞ。うんか、いやか、うん鎌か”」と迫ったら、お玉は「そんな手荒いことせんでも・・・うんでおますがな・・・今晩、夜中の鐘を合図に裏から忍んで来とくなはれ、切り戸を開けて待ってます」。これを聞いた連中はやっかみながら茂平に一杯おごらせるのが関の山。

 一方のお玉は泣いて家に帰って、茂平に脅された顛末を与平次夫婦に話す。与平次は一計を考える。夫婦の部屋にお玉を寝かせ、お玉の部屋にはこの間買ってきたを寝かせるという算段だ。
おるい 「あんな荒い牛に茂平が突かれたら騒動やがな」
与平次 「夜中に他人(ひと)の家に忍んで来る奴や。まして、村で嫌がられている茂平ならみんなが助かる」

 さて、その夜、牛小屋から引き出されて綺麗な部屋でふわふわの布団を掛けられ大満足でぐっすりと寝込んでいる牛ちゃん。そこへ忍んで来た茂平、真っ暗な中、小声で「おい、玉ちゃん、俺や俺や、・・・えらいでっかい体やなあ、寝太りということか・・・」、茂平はどこが足やら頭やらとあちこちを撫でさわり回っている。

 茂平がお玉の髪の毛と思って尻尾を掴むと、牛は尻尾でピシーッと茂平の顔にビンタを食らわす。
それでもめげない茂平は、「・・・玉ちゃん、びんつけを仰山つけて、ええ、匂い・・・げぇー臭あぁー・・・」

 さらに牛の角を持って「ここに、かんざしさしとるな。・・・・あれ二本もさしとるやがな。・・・なあ、玉ちゃん、恥ずかしがらずに何とか言うてな」と、牛の角を持って揺り動かしたから、牛もたまらず目を覚まして、「モー」。

 茂平は驚いて転がるように逃げ出して、若い連中が飲んで騒いでいるところへ駆け込んだ。
村人 「なんや、茂平やないか。どうしたんや」

茂平 「お玉のところへ行てきた」

村人 「えらい・・・それで、お玉をうんと言わしてきたか」

茂平 「いや、モーと言わした」


 
     

  



桂春団治(三代目)の『お玉牛【YouTube】





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