「らくだ」  三笑亭可楽(八代目


 
★.あらすじ★
 「らくだ」のあだ名の馬さんの兄弟分が、長屋を訪ねてみるとらくだが死んでいる。フグにあたったらしい。

ちょうど通りかかった屑屋を呼びとめ、嫌がるのを通夜の手伝いをさせる。商売道具を取上げ、月番、大家、八百屋へらくだの死んだことを知らせに回らせる。
どこへ行っても、ならず者のらくだが死んだというので大喜びのありさまだ。
大家を死人の「かんかんのう」踊りで驚かせ、酒、煮しめを手に入れ、八百屋からは、死人を入れる菜漬の樽をせしめる。

もう商売に出ないと、釜のふたが開かないと帰りたがる屑屋を引き留め酒を飲ませる。
無理やり杯を重ねて飲ませているうちにだんだん屑屋 が酔ってくる。
べらべらと喋るようになり、もっと酒を注げという始末。
もうこれくらいにして商売に行けというと、逆にらくだの兄弟分にからんでくる。
しまいには、「やさしく言っているうちに注がないと死人にかんかんのうを踊らすぞ」という豹変ぶりだ。

ここから立場が逆転し、屑屋が主導権を取り、らくだの兄弟分を使いはじめる。
らくだの頭を剃り、八百屋から手に入れた樽にらくだを入れ、落合の火屋に向う。
火屋に着いて、樽の中を見ると死がいが無い。途中で転んだ時に、樽の底が抜けて道に落としたらしい。

急いで死がいを拾いに戻り、酔っ払って道に寝ていた願人坊主を間違って樽に入れ火屋に戻る。
焼かれそうになった坊主が眼を覚ます。

願人坊主 「ここはどこだ」

屑屋 「焼き場だ、火屋だ。」

願人坊主 「冷やでもいいからもう一杯」


   

         


 ★見聞録★ 昭和34年に演じられた話を聞きました。
屑屋が酔ってきて逆にらくだの兄弟分にからんでいく場面で切っている話が多いですが、これは最後まで演じています。

らくだの兄弟分と屑屋、屑屋と月番、大家、八百屋とのやりとりが可楽(8代目)独特の語り口で、テンポよく小気味よく進んでいきます。
屑屋が酒を飲み始めだんだん酔いが回ってきて、果ては凄みのある口調でらくだの兄弟分にからんでいく所は、可楽ならではの絶品といえるでしょう。

棺桶代わりの樽の底が抜けて道に落された「らくだの馬さん」はその後どうなったのでしょう。ふぐの毒にあたって死んだのではなく酔いつぶれていただけで、目を醒まして今宵もどこかで、酔っておだを上げているかも。

小学生の頃だったと思いますが住んでいた近くの御嶽神社(池上線御嶽山駅そば)の祭礼で「らくだ」の芝居を見ました。死人をかつぎ「かんかんのう」を踊る役者の足音が舞台に大きく響いたことを覚えています。昭和34年といえばラジオで落語を聞き始めた頃です。低い声は、ちょっと凄みがあり、毒を含んだ科白を入れるのが可楽の落語です。可楽のらくだは、私を落語好きにさせた作品のひとつです。

*落合の火屋は、今も落合斎場として同じ場所(新宿区落合3−34)にあります。

落ちは『夢の酒』と同じです。


  
屑屋(「江戸商売図会」三谷一馬より)               「すたすた坊主」(白隠慧鶴画)    


   落合斎場です。
両方の立派な建物です。


 かんかんのう」踊り【YouTube】について三省堂の大辞林には、
「かんかん踊り(看看踊り) 「かんかんのう、きうのれんす・・・」という「九連環」の歌詞から出た名、江戸時代、長崎におこり大阪・江戸で大流行した中国風の踊り。清朝風の扮装で、清楽を配する。 かんかんのう、唐人踊り」 

願人坊主は、「江戸時代、市中を徘徊して門付け(かどづけ)をしたり、人に代わって祈願や水垢離(みずごり)をした乞食坊主。願人。」
願人とは、代願人という意味ですが、僧侶の欠員を待って僧籍に入ることを願っていた者たちもさすそうです。

可楽は大家の家でらくだの兄弟分が、らくだをかつぎ、屑屋が「かんかんのう、きうのれんす」と歌い出し、大家がびっくりするところまで演じています。
かんかんのう」を踊る所作があったかどうかは、何せ録音テープのため分かりません。
 

上方の六代目笑福亭松鶴の『らくだ【YouTube】も逸品です。

   新井薬師(中野区新井5丁目)

落合の火屋に行く途中で屑屋が、「ここは、早稲田だろ、真っつぐ行きゃ新井の薬師、左に行ってみりゃ落合だ。」というくだりがあります。



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