★あらすじ 西国のある大名家の殿様、江戸藩邸にいる間に気うつの病となって部屋に籠ったまま。お付きの坊主が気晴らしになればと吉原の花魁(おいらん)の錦絵を見せるとその美しいこと、絵空事ではないかと疑いながらも行ってみたいと言う殿様。家老の植村弥十郎を呼んでこのことを話すと、そんな悪所に大名の殿様が行くなどとんでもないと一蹴される。
殿様はすっかりすねて頭が痛いと言って、また引き籠ってしまった。あわてた重役たちが相談し、医者の意見を聞くと気うつには気に入った気晴らしが一番の良薬と言う。家老の弥十郎もそれならと、早速、大勢のお供を連れて吉原に乗り込む。
花魁道中で扇屋右衛門抱えの花扇にすっかり見惚れた殿様は、楊貴妃、小野小町より美しいとべた惚れ、ぞっこんだ。裏を返さねば武士の名折れ、傾城に後ろを見せてはならじと連日連夜の通いづめとなった。
そのうちに参勤交代で国許へ戻らねばならなくなった殿様は花扇の襠(しかけ)を所望し、代わりに小判をうず高く積み、百亀百鶴を描いた七合入りの豪奢な盃で一献(いっこん)酌み交わし、最後の別れの宴を過ごし、殿様は翌朝江戸を発った。
国へ帰った殿様、一刻(とき)も花扇のことが忘れられない。そこで殿様は早見東作という、三百里を十日で走る足軽に命じ、花扇に盃を届け、「返盃」をもらってくるよう言いつけた。
七合入りの盃をかついだ早見東作が江戸へ向かった。届いた盃を見た花扇は喜んで一気に飲み、殿様にご返盃と来た。気の毒なのは早見東作だ。殿様の酔狂のため、また盃を持って東海道を国許へ、せっせと戻る。
ところが途中の箱根山で、大名行列の供先を横切って捕らえられ、あわや首が落ちるところを、事情を説明すると、その殿さまがまた粋な酔狂好きで、「大名の遊びはさもありたし。そちの主人にあやかりたい」と、盃を借りて一気に呑み干した。
早見東作、国許に着いてこの事を報告すると殿さま、「見事じゃ、もう一献差し上げて参れ」ときた。あいにく東作先生、どこの大名だったか聞き忘れたので、どこを尋ねてもわからない。いまだにどこかを探しているとか。
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