「さんま芝居」


 

あらすじ 江戸から旅に出た二人連れ、ある漁村の宿屋へ泊る。獲れたて焼きたてのサンマにおろし立ての大根おろしをたっぷりかけて晩飯をたらふく食べ、二階から表を眺めていると、村人がぞろぞろと歩いて行く。宿の女中に聞くと、今日は村の鎮守の祭りで、芝居小屋で江戸からの役者の芝居がかかると言う。寝るまでの退屈しのぎ、腹ごなしに、田舎で江戸の役者を見るのも一興と二人はぶらぶらと芝居見物に出かける。

 芝居小屋とは名ばかりなお粗末なもの、役者もどさ回りの旅芸人で、江戸の役者にはほど遠い大根役者だ。二人は大根は晩飯で食べ過ぎてゲップが出そうだが、村人は満足そうに見物している。

 今日の出し物は、「蔦紅葉宇都谷峠」の文弥殺しの場だ。いよいよ伊丹屋十兵衛に百両奪われ殺されて谷底へ突き落された文弥が、幽霊となって花道から登場する場面で、場内は静まり返って見ているが、なかなか幽霊が出て来ない。煙がないから出られないのだ。道具方が煙用の花火を買うのを忘れたらしい。幽霊の役者が、「早く、煙を出せ、出られねぇじゃねえか」と花道でウロウロ。

 一座は芝居がはねた後が遅い晩飯で、外でたくさんのサンマを焼いている。仕方なくこの煙で幽霊を出そうと、団扇(うちわ)でパタパタと舞台の方へ扇ぎ始めた。やっと煙が出て、ドロンドロンと幽霊のお出ましかと見ていると、やけに生臭い匂いが漂って来た。「こらぁ、生臭え煙だんべ」、「幽霊が出る時は生臭え風が吹くもんでぇ、さすが江戸の役者の芸は細けぇ」と、やっぱり田舎の人は人がいい。
これを見ていた二人連れ、あまりの馬鹿馬鹿しさに、「やいやい、サンマの幽霊、生臭幽霊、うらめしいとでも言って見ろ、日本一の大根〜〜」

幽霊の役者 「その大根おろして、早く晩飯(ばんめし)が食いたい」


 三遊亭金馬(四代目)
収録:昭和61年6月(菊正名人会)




    


   

丁子屋(丸子宿) 《地図

慶長元年(1596)創業の東海道名物「とろろ汁」で、『広重の鞠子宿』にも描かれている茶屋。

弥次喜多は店の夫婦喧嘩に巻き込まれとろろ汁を食べそこなった。

東海道(丸子宿→藤枝宿

   宇津ノ谷峠への途中から宇津ノ谷の集落を振り返る。

馬頭観音は右が嘉永5年(1852)、左が大正5年のもの。

   

峠の地蔵堂跡の石垣

歌舞伎の『蔦紅葉宇都谷峠 』で、十兵衛が百両持っている盲目の文弥を殺す、「文弥殺し」の場がこの延命地蔵堂前。

延命地蔵は慶龍寺に移され祀られている。

   宇津ノ谷峠 《地図

ここからは岡部宿へと下って行く。『広重の岡部(宇津之谷峠)






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