★あらすじ ある商家の旦那夫婦は、人も羨むほど仲睦まじい。ある時、おかみさんが風邪をこじらせ床に着いたままになった。ある日、おかみさんは医者が屏風の陰で旦那にもう長くは持つまいと話しているのを聞いてしまった。おかみさんは死を覚悟し旦那を枕元に呼び、「私が死んだ後、あなたが後添いをおもらいになると思うとそればかりが気がかり、心残りでございます」と打ち明けた。
旦那は、後添えなどもらわないが、もしも再婚するようなことになったら、婚礼の夜に幽霊となって出てくれ、そうすれば前妻の怨念が取りついていると噂になり、嫁に来る者もなくなるだろうとなだめる。この言葉に安心したのかおかみさんは、それでは「それでは婚礼の日には、八つの鐘を合図に、きっと幽霊となって参りますから」と言い残しあの世へ旅立って行った。
さて四十九日も過ぎると、旦那の回りもうるさくなる。親戚連中はまだ若いのだし、店のこともあるし再婚しろとしつこく言い出した。断りきれなくなった旦那は後添えをもらうことにする。さて婚礼も終わったその夜、旦那は先妻の幽霊を寝ずに待っていたが、約束の八つの鐘を過ぎても現れない。とうとうまんじりともせず夜を明かしてしまった。
あの世からは十万億土もあるので間に合わなかったのだろうと、二日、三日と待っても一向に幽霊の出る気配はない。口惜しい、恨めしいなんて言っているのは生きているうちだけで、つまらない約束をしたものだと後悔する。
それ以来、先妻のことはすっかり忘れてしまった。そのうちに後妻との間にも子ができて、家庭は円満、店も繁盛して幸せな日々を送っていた。早くも先妻の三回忌の法要も無事に終った。その夜中に目覚めた旦那は子供の寝顔に見入っていると、なぜかふと先妻のことを思い出した。
するとどこで打ち出すのか、八ツの鐘の音とともに、「恨めしや、こんな美しい方をおもらいになって、可愛い赤ちゃんまで、お約束が違います」と、先妻の幽霊が長い黒髪を振り乱して現れた。
旦那 「冗談言っちゃいけない。婚礼の晩に出てくるというから、ずっと待っていたんだ。今頃出てきて恨み事を言われちゃ困るじゃないか。なぜもっと早く出て来なかったんだ」
先妻 「それは無理というものです」
旦那 「なぜ無理なんだ」
先妻 「私が死んだ時、ご親戚の方で坊さんにしたでしょう」
旦那 「そりゃあ、葬式の慣わしだからね、親戚の連中がひと剃刀(かみそり)ずつ剃ったさ」
先妻 「坊主頭で出たら愛想を尽かされると思って、髪の伸びるまで待っておりました」
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