★あらすじ 奈良の名物といえば、「大仏に、鹿の巻き筆、あられ酒、春日灯篭、町の早起き」なんて言います。鹿は春日大社のお使いで、神鹿(しんろく)です。徳川時代にはこの鹿に年に三千石の餌料が与えられ、鹿奉行がこの三千石を預り管理していました。
鹿を誤って殺しても死罪になるので、朝起きて家の前に鹿の死骸でもあるものなら、これを隣の家に回しておく、隣の家でもこれを向いの家にというわけで、早起きしないとどんな災難にあうかわからんというので奈良の町は早起きが名物になったとか。
その中でも朝が早いのが豆腐屋さん。三条横町の豆腐屋の六兵衛さん、今日も朝早くから豆腐をつくり、きらずを桶に入れ表へ出します。「きらず」とは「おから」のこと、「から」というげんの悪い言葉をきらって「きらず」といいます。豆腐は包丁で切れるけど、おからは切れないので「きらず」。
表で音がするので外へ出てみると大きな犬がおからを食べている。六兵衛さん割木をつかみ投げるとうまく犬に当たり倒れた。近寄って見るとこれが犬ではなく、なんと鹿で死んでしまっている。そのうちに近所も起き出して大さわぎになり、町役が目代屋敷に届けると役人が来て六兵衛さんを引っ立てて行った。
そして鹿の守役の塚原出雲と興福寺の伴僧良然が連署して奈良町奉行所へ訴え、奈良町奉行の曲淵甲斐守の取調べが始まった。
奉行は六兵衛に生まれた地はどこかと聞く。他所で生まれ奈良で鹿を殺すと大罪だということを知らなかったという取り計らいで、六兵衛さんを助けようとするのだが、正直者の六兵衛さん、三代に渡り三条横町で豆腐屋をしていると答える始末。
こんどは奉行さん、鹿の死骸を持って来させ自ら吟味してこれは鹿に毛並みのよく似た犬ではないかと言い出す。回りの役人、町役もこれには大賛成で、犬を殺しても罪はなく書類は取り下げと言う奉行。
すると塚原出雲、鹿と犬とを取り違えることなどはないと言い張る。奉行がこれには角が無いではないかと言うと、出雲はえらそうに「鹿の落とし角」の講釈を始めた。
途中まで聞いていた奉行さん、「黙れ!奈良の奉行を務むる身が、鹿の落し角を心得おらぬと思いよるか・・・」と、一喝のあと、出雲らの罪をあばき出す。出雲らが鹿の餌料を横領し町民に高利で貸付け、町民は難儀し鹿は餌不足で町をうろつき、きらずなどを盗み食いするというのだ。奉行さんは、いかに鹿とはいえ人の物を盗み食うとは賊に過ぎず殺してもかまわないとも言う。
奉行からこれを鹿と言い張るなら、餌料横領の件から吟味すると言われた出雲、改めて犬か鹿かと問われ、もう犬と答えるしかなくなった。奉行から角の落ちたような痕があるがどうだ追い討ちをかけられ、それは腫物、できものの痕だと苦しい答え。
奉行 「よくぞ申した。しからばいよいよ犬であるな」
塚原出雲 「犬に相違ございません」
奉行 「犬を殺したる者にとがはない。書類は取り下げてよろしかろ。一同の者、裁きはそれまで、立ちませえ・・・・六兵衛、待て。その方は豆腐屋じゃな。・・・きらずにやるぞ」
六兵衛 「はい、まめで帰ります」
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