「宗論」  柳家小三治

 
★あらすじ★
 すべて、世の中のものには陰陽があり、男と女、宗旨にも陰陽がある。「南無阿弥陀仏」は陰で、「南無妙法蓮華経」は陽だ。
ある店の旦那。家の宗旨は浄土真宗なのに息子がキリスト教に凝ってしまい面白くない。
息子は今日も朝から教会へ行ってしまう。

番頭は若旦那は博打で金を湯水のごとく使っているわけでも、女狂いをしているのでもないので、とがめだてしないでくださいと言うが、旦那はおさまらない。
しばらくすると息子が帰ってきて口論となる。
息子は「わが造り主のイエスキリスト。」などと言う。
旦那は、「お前を作ったのは、あたしと死んだ婆さんの二人だけだ。人の手など借りやしない。」と言うと、息子は、「肉体を作ったのは両親だが、知力、魂を作ったのはキリストだ。」と反論。
旦那も「それならお前は、あたしと、婆さんと、キリストが三角関係だったというのか。」と反論する宗論?だ。

ついに息子は賛美歌を歌い出す始末。たまりかねて旦那が手をあげてあわやというところに、店の権助が飛び込んでくる。
権助は、「宗論はどちら負けても釈迦の恥。」と言い、二人の仲を取り持とうとする。
これを聞いた旦那が感心して、

旦那 「お前もその教えを知っているところを見るとお前も真宗だろう。」

権助 「おらあ、仙台だから奥州でがす。」



      

 
★見聞録★ 昭和62年のTBSテレビ「お早う名人会」からの収録です。
演じられたのは昭和51年です。小三治は若いです。
キリスト教の信者になった息子の喋り方と仕草が秀逸です。
うさん臭い、いい加減な新興宗教に凝り固まった若者の口調のようです。
父親の小言に少し間を置いて冷静に反論し、自信たっぷりな口調、仕草がおかしくもあり、ちょっと哀れで、ちょっと怖く、不気味でもあります。

短い噺なので小三治は枕のところを随分工夫したのでしょう。
陰陽の話しから、幽霊、けんかの仲裁を取上げ、男と女の話から深川不動の掘井戸の信仰、修行の話。
生まれたときがお宮参り、結婚式が教会、死んでお寺の世話になる日本人の宗教観などにも触れています。

この噺はもとは仏教の宗派の争いだったそうです。
宗教をテーマにする噺は難しいと思います。どっちの宗教を立てても、けなしても問題となるでしょう。イスラム教を中傷した漫画が事件になる今日ですから。
小三治はあたり障り無く軽く演じ、見る客、聞く客もたかが落語だと思って笑っていたのでしょう。

*宗論とは、「宗派や教義上の優劣・真偽を決める議論。宗派間の論争。法論。」(三省堂大辞林)で、「応和の宗論」(南都・北嶺の論争)、「安土宗論」「慶長宗論」(ともに浄土宗対日蓮宗)が名高い。むろん旦那と息子の言い争いはこんな奥深いものではありませんでした。



    



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