★あらすじ 船場のある大店、旦那から番頭、丁稚、女中(おなごし)、乳母(おんば)に至るまで全部が芝居好き。
毎晩、仕事が終わってからも芝居の真似事をしたりして遊んでいて、朝はなかなか起きてこないので、旦那は三番叟を踏んで起こしに回っている。
旦那は定吉と亀吉に表の掃除と水まきを言いつける。二人寄せればもう掃除も芝居がかってきて、旦那は、「定吉は奥の仏壇の間、亀吉は中庭の掃除をしなはれ」と、二人を離す。
定吉は一人になっても位牌を持って仇討ちの芝居を始めた。旦那「あーあ、もうここはええ、乳母の代わりに坊(ぼん)のお守をしといで」、定吉「・・・よう泣く子やな、かなわんな。待てよ、子どもを抱いてする芝居・・・お家騒動。忠義な奴(やっこ)が主人の和子(わこ)様を懐(ふところ)に入れて落ちて行くとこ・・・♪寝んねこせーえ、お寝やれやー・・・♪・・・」
これを中庭から見ていた亀吉「ぼんぼん抱いて落ちて行くとこやな。そや、こういうとこへは追手がかかるもんや」、走り出して箒(ほうき)で定吉に打ってかかる。定吉は「おうー、」と坊を放り出して手で受け止めた。
子どもの泣き声でびっくりして旦那が飛んで来る。「早う坊を乳母に預けなはれ。もう二人は店番をしまひょ。今度芝居したら店を放り出すさかい、ええか」
二人で店番をしていると、魚喜がやって来た。これがまた大の芝居好き。暖簾をくぐったところで、定吉が「ようよう、魚屋ぁ-、魚屋ぁー」
魚喜「・・・やっとまかせのな。えぇー、旦那様、今日は何ぞ御用はござりませぬか」
旦那 「お前までが芝居してくれたらどんならんわい・・・今日は何があるんや」
魚喜 「へえ、手島屋茣蓙(ござ)をはねのけて、市川鯛蔵、河原崎海老十郎、中村蛸助」
旦那 「そんな阿保なこと言うて。その鯛と蛸もらおうか。酢ダコにするさかい、走り(台所)へ持って行て、すり鉢で伏せといてや。鯛は三枚におろして、造りと焼き物にするさかいそのつもりで」
魚喜 「へへい、鯛蛸両名、きりきり歩めえー」、魚喜が井戸端で鯛を芝居がかりでさばいていると、井戸側に乗せておいたつるべに手が当たって、つるべは井戸の中に、ザブーン。
魚喜「はて、怪しやな」、定吉が駆け寄って来て「いぶかしやなぁー」と、また芝居が始まった。
旦那 「魚喜、芝居してるところやあらへんで。表の盤台から横町の赤犬がブリくわえて逃げて行たで」
魚喜 「遠くへ行くまい。あとを追いてぇー」と駆け出すと、定吉も「魚喜一人で心もとなし。この定吉も・・・」とあとを追いそうな仕草。旦那もつり込まれて、「こーれ、定吉、血相変えていずれへ参る」
定吉「旦さん、あんたかて芝居してなはるがな」。
旦那は定吉に酢ダコの酢を買いにやらせる。家の中に一刻、静寂さが訪れて旦那は長火鉢の前で一服吸い始めた。さあ、さいぜんからの様子を聞いていたすり鉢の中の蛸が酢ダコにされてはたまらんと脱出を図る。
すり鉢の下を持ち上げて抜け出し、前足二本を結んで、そこへすりこ木を差して一本刀。墨を体中に吹きかけて黒装束で出刃包丁を手にして台所の壁を切り破り始めた。
ゴトゴトする音で旦那が台所へ行って見るとこの有様。芝居っ気を出して蛸の後ろへ回り、刀(すりこ木)をつかむと、蛸は振り返って旦那の顔めがけて墨をプー。
目を押さえてよろめく旦那に蛸は「えィ」と当て身を食らわせた。たまらず旦那は「うーん」とそこへ伸びてしもた。蛸は勝ち誇って見栄を切って「口ほどにもないもろい奴。長居は無用、追手のかからぬうちに早う明石の浦へ急ごうぞ」。
帰って来た定吉、芝居がかって「旦那様どうなさりました。・・・旦那様いのう・・・」
旦那 「定吉かぁ、遅かったぁ」と、まだ芝居してる。
定吉 「いったい、どないしなはった」
旦那 「定吉、黒豆三粒(蛸の中毒の毒消し)持て来てくれ。蛸に当てられた」
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