「手紙無筆」
★あらすじ 知ったかぶり、物知り顔の甚兵衛さんの所へ、知り合いの男がやって来て手紙を読んでくれと頼む。
男 「どこから来たか読んどくなはれ」
甚兵衛 「郵便局からだ」
男 「差し出し人の名前を読んどくなはれ」
甚兵衛 「人に読んでもらうと身のためにならない。これからも人を当てにして自分で読もうという努力をしない。頭を使って誰から来たかを想像して見ろ」
男 「友達はみんな字が書けへんし、上本町のおっさんしか心当たりはおまへんけど」
甚兵衛 「今読んであげよう。当たった”上本町のおっさんより”と書いてある。分かったら帰れ」
男 「中を読んどくれ」
甚兵衛 「手紙には人に読まれると都合の悪いことが書いてある時がある。自分で読むものなのだが・・・・ うむ、おっさんの所で何か不幸でもあったのか? おっさんかおばさんが死んだのか?
男 「読まないでなぜ分かる」
甚兵衛 「薄墨で書いてある。不幸があった時は薄墨で書く、それもかなり薄い。5.6人は死んでいる」
男 「それ裏返し、ちゃいますか」
甚兵衛 「当たった。仰山書きよったなあ、それも全部字で、”はあ、なるほど、・・・はあ、そうか、分かった。へぇー、えらいこったなあ、・・・・はあ、分かった”」
男 「声を出して読んどくれ」
甚兵衛 「手紙は黙読が基本だが読んでやる。”前文御免下さりたく”、”謹啓時下ますます”、”拝啓御無沙汰・・・”、”前略、その折は”、お前はどれが好きか」
男 「書いてある文をやさしく崩して読んでください」
甚兵衛 「”長いこと会いませんがお元気ですか”」
男 「五日前に会いました」
甚兵衛 「そうだ、私の思い違いだった。五日前に会ったと書いてある。”その時は何のもてなしもせず・・・”」
男 「けちなおっさんが、うなぎの丼をご馳走してくれよった。何か用件は書いておまへんか。糸の初節句の祝のお膳の数が足りない、数が分かったら知らせると言うてましたが」
甚兵衛 「書いてある。”お膳を○人前貸してください”」
男 「はっきりと読んどくなはれ」
甚兵衛 「全部で○人前貸してください」
男 「十人前ですか」
甚兵衛 「そうだ。”まずはこれにて失礼、あなあなかしこ” これで終わりだ」
男 「おかしい、ついでに盃も貸してくれと言うていたのに。盃のことは書いてまへんか」
甚兵衛 「ああ、書いてあった。”お膳の数だけ貸してくれ”」とある。
男 「いい加減なことばかり言いよって、ほんまは字、読めないとちゃいますか」
甚兵衛 「いや、盃のことは書いてあったのだが、お膳の陰で見えなんだ」
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