「手紙無筆」

 
あらすじ 知ったかぶり、物知り顔の甚兵衛さんの所へ、知り合いの男がやって来て手紙を読んでくれと頼む。
 「どこから来たか読んどくなはれ」

甚兵衛 「郵便局からだ」

 「差し出し人の名前を読んどくなはれ」

甚兵衛 「人に読んでもらうと身のためにならない。これからも人を当てにして自分で読もうという努力をしない。頭を使って誰から来たかを想像して見ろ」

 「友達はみんな字が書けへんし、上本町のおっさんしか心当たりはおまへんけど」

甚兵衛 「今読んであげよう。当たった”上本町のおっさんより”と書いてある。分かったら帰れ」

男 「中を読んどくれ」

甚兵衛 「手紙には人に読まれると都合の悪いことが書いてある時がある。自分で読むものなのだが・・・・ う、おっさんの所で何か不幸でもあったのか? おっさんかおばさんが死んだのか? 

 「読まないでなぜ分かる」

甚兵衛 「薄墨で書いてある。不幸があった時は薄墨で書く、それもかなり薄い。5.6人は死んでいる」

男 「それ裏返し、ちゃいますか」

甚兵衛 「当たった。仰山書きよったなあ、それも全部字で、”はあ、なるほど、・・・はあ、そうか、分かった。へぇー、えらいこったなあ、・・・・はあ、分かった”」

男 「声を出して読んどくれ」

甚兵衛 「手紙は黙読が基本だが読んでやる。”前文御免下さりたく”、”謹啓時下ますます”、”拝啓御無沙汰・・・”、”前略、その折は”、お前はどれが好きか」

 「書いてある文をやさしく崩して読んでください」

甚兵衛 「”長いこと会いませんがお元気ですか”」

 「五日前に会いました」

甚兵衛 「そうだ、私の思い違いだった。五日前に会ったと書いてある。”その時は何のもてなしもせず・・・”」

男 「けちなおっさんが、うなぎの丼をご馳走してくれよった。何か用件は書いておまへんか。糸の初節句の祝のお膳の数が足りない、数が分かったら知らせると言うてましたが」

甚兵衛 「書いてある。”お膳を○人前貸してください”」

 「はっきりと読んどくなはれ」

甚兵衛 「全部で○人前貸してください」

男 「十人前ですか」

甚兵衛 「そうだ。”まずはこれにて失礼、あなあなかしこ” これで終わりだ」

男 「おかしい、ついでにも貸してくれと言うていたのに。盃のことは書いてまへんか」

甚兵衛 「ああ、書いてあった。”お膳の数だけ貸してくれ”」とある。

 「いい加減なことばかり言いよって、ほんまは字、読めないとちゃいますか」

甚兵衛 「いや、盃のことは書いてあったのだが、お膳の陰で見えなんだ」

                                                       
 
 笑福亭松鶴  
収録:昭和59年


     


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