「とんちき」


 
あらすじ 吉原ではいい思いをしたことがない熊さん。
この間も、熊さん「花魁、そっち向いて寝ちゃ、話が届かないよ。こっちをお向きよ」
花魁「いやだよ、そっち向くの。あたしは左が寝いいんだから」
熊さん 「それじゃ、花魁こっちへおいでよ。俺がそっちへ行くから」
花魁 「いけないよ、こっちへ来ちゃ。箪笥(たんす)があるんだよ」
熊さん 「箪笥があったってかまいやしねえよ」
花魁 「だめだよ。中の物がなくらなあね」と、こんな調子で情けない。

 ところが、この間の嵐の晩に行った時はやけにもてた。花魁の方ではこんな日は客は来ず、お茶をひくのかと思っているところへ来た客だから、まんざら憎くもないのは人間の情と言うだけの話なのだが。

 味をしめた熊さんは嵐の晩を狙って、ずぶ濡れになって吉原へ行く。さだめし花魁は喜ぶだろうと思いきや、中々姿を見せない。しばらくして花魁が入って来て、「こんな嵐の日によく来てくれたね。嬉しいわ」、「まあ、来る気もなかったんだが、ちょっと花魁のことが気になったから・・・」なんて、嘘も上手だが。

花魁 「お前さん実があるよ、ほんとに。・・・今夜、飲むだろう」と、花魁は酒、刺身、変わり台に弥助を注文し、「・・・お前さんすまないが、ちょっとあたし行ってくるからね」と、部屋を出て行ってしまった。

 別の部屋に入った花魁「どうも遅くなってすみません」
客 「今夜はお前、お客がねえと言うからあがったんだぜ。・・・いい人かなんか来やがったんだろう」

花魁 「そんな甚助を言うもんじゃないよ。・・・お前さんの知ってる人だよ」

客 「知ってる人って、誰だい」

花魁 「この間の嵐の翌朝、お前さんが顔洗ってるところへ、二階から楊枝くわえて下りて来た変なやつ、ひげが濃くて足の毛が熊のように生えているやつ、あれがあたしのお客だったんだよ。あれがまた今夜来てんだよ。ほんとに嫌になっちゃうよ」

客 「ふふん、あん時のとんちきか」

花魁はしばらく客に酌をしていたが、
花魁 「・・・ちょいと行って来るから・・・すぐ帰って来るからちょいとおとなしく待っててちょうだいね」

花魁はまた熊さんの部屋へ、「遅くなってすみません」

熊さん 「面白くねえや。・・・きっといい人が来ていやがんだろ」

客 「男くせに、そんな甚助を言うもんじゃないよ。客には違いないけど、お前さんの知ってる人なんだよ」
熊さん 「誰だよ、俺の知ってる人てのは」

花魁 「この間の嵐の翌朝、お前さんが二階から下りて来た時、顔を洗っていたお客がいたろう。目じりが下がって、鼻の穴がおっ広がって顎が長い。あのお客が来てるんだよ」

熊さん 「ふふん、あん時のとんちきか」



        




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