「次の御用日」

 
あらすじ ある夏の日の昼下がり、船場樫木屋佐兵衛の一人娘のお糸は丁稚の常吉を供に、縫い物屋へお針の稽古に向かう。

 常吉「とうやん、別嬪さんでお年ごろやけど、お嫁に行かはるのか、ご養子をお迎えするのか近所で噂してはりまっせ。どっちだす」、お糸「そんなこと言うもんやあれしまへん」などと、楽しそうにごちゃごちゃ言いながら安綿橋の南詰、昼間は寂しい住友の浜あたりまで来ると川向こうの物売りの声が眠むとうに聞こえてくる。

 昔は大阪でも昼間も寂しい所があった。船場では本町橋の西詰の南の唐物町の浜、本町の曲がり、南ではここの住友銅吹所のあった住友の浜。西では加賀屋敷の横手。薩摩堀願教寺の裏手。江戸堀四丁目の七ツ蔵、中之島の蛸の松、てな所。

 すると向こうからひょろっとやけに背が高い男がやって来た。お糸が「怖い」と言うので、常吉はお糸を天水桶の陰に隠し、自分も小さくなって男をやり過ごそうとした。この男、樫木屋の借家に住んでいる天王寺屋藤吉といい、道頓堀を作った安井道頓、道卜の子孫の屋敷の纏(まとい)持ちで、ふんどし一丁で陽射し除けに法被(はっぴ)を頭の上に持ち上げているので、えらい大男に見えるのだ。

 藤吉は「家主のとこのとうやんだ。俺を見て怖がっておるのやな。よし、もっと怖がらさしたろ」と近づき、お糸の頭の上に法被を被せるようにして、「アッ!」と奇声を出した。お糸は「うーん」と気絶してしまった。それ以来、お糸は記憶喪失の状態になってしまった。どうしても藤吉を許せない樫木屋佐兵衛は、「お畏れながら」と、奉行所西の御番所へ訴え出る。

 奉行所へ双方が呼び出され、奉行はお糸が気絶したいきさつを常吉に問う。常吉は樫木屋での丁稚の扱い方、食事やとうやんのことなどをべらべらと喋り始める。佐兵衛は止めようとするが、奉行は面白そうに聞いている。常吉がやっとお糸の頭上で藤吉が「アッ!」と言っておどかし、お糸が気絶したことを話す。

奉行 「委細分かった。天王寺藤吉、その方、娘糸の頭の上にて、アッ!てなことを申したのはまことか」

藤吉 「いいえアッ!てなこと言うた覚えはございません」

常吉 「このおっさんでんねん。アッ!と言いはったに間違いおまへん」

奉行 「おのれ藤吉、常吉が十五にも足らん子どもとあなどり、アッ!と申さんなどとはけしからん奴、アッ!と申したものなら、アッ!と申したと言うてみい」

藤吉 「アッ!申したものならアッ!と申したと正直に申しますが、アッ!と申していないのでアッ!と申したとは申せません。

奉行 「おのれ、まだしらを切るならば、重き拷問によりアッ!と言ったと申させてみせるがどうじゃ。アッ!アッ!アッ!・・・」と、喉をなでながら、

奉行 「一同の者、今日の調べはこれまでといたす。次の御用日を待て」


      
  



桂枝雀の『次の御用日【YouTube】



安井道頓・安井道卜紀功碑(日本橋の北側)
道頓堀を開削した安井道頓と従弟の道卜(どうぼく)の功績を称える碑



道頓堀(日本橋から)
錦絵でみる大阪の風景



 大坂西町奉行所跡(松屋町筋のマイドームおおさかの所) 《地図







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