「茶漬えんま」

 
あらすじ ある朝、閻魔大王が家で茶漬を食べていると娑婆から来た亡者の留さんが訪ねて来る。
留さん 「何で閻魔はんが茶漬食べてなはんのん?」

閻魔 「昨日、キリストんとこで寄り合いがあってな、人はパンのみにて生きるにあらず、肉食え、肉食えちゅうて、ぎょ~さん安い肉の脂身の多いとこ食わしよって。だいたいあいつ、酒癖があんまりよおないさかい、ええ加減で立ち去って、帰りにお釈迦さんとこ寄って本場のインドカレーで口直ししよう思うたら、脂ぎょうさんの辛いだけのカレー食わしよってからに、いまだに胸がむかついているんや」、閻魔はんは留さんに閻魔の庁へ出勤するので近所にいるキリストと釈迦に会わせてやると言う。

留さん 「これから閻魔の庁でお裁きを?あの浄玻璃の鏡とか使こて?」

閻魔 「そんなんは昔の話や、この頃はみな自己申告の書類審査だけや。皆がな極楽行くかと思たらそおでないで。この頃は地獄も開けて来て面白いとこも増えて来たるし、やっぱり自分の点数見て、こら、ちょっと極楽無理かいなぁ、思たりしてな・・・」

 二人はゴチャゴチャ、ゴチャゴチャ言いながら、閻魔の庁に到着。閻魔の庁長の知り合いというので閻魔部閻魔課長が自ら留さんの聞き取りをして書類を作成する。本籍、名前、学歴・・・、閻魔課長の手元には閻魔帖があって留さんのこれまで行状が書かれている。

課長 「面白いことしてなはる子守りしてて、その子どもの乳ボーロを盗って食べた、これ、割合と点数引かれまっせ。鳥居の絵書いたぁるとこでオシッコした、 これもだいぶ減点ですな。このぐらいでよろしいやろ。そうですなあんたの点数なら地獄、極楽どっちでも行けますが・・・」

留さん 「閻魔はんは地獄のほうが面白いなんて言うてはったけど、ひょっとしたら閻魔はん、この頃、地獄行きが少ないさかい、うまいこと騙して地獄に行かしたろてな魂胆かも・・・やっぱり極楽行きでお願いしまっさ」、ということで留さんは閻魔課長に見送られて「極楽行き」のドアをくぐった。

 階段を上ると七宝の大楼閣でその下には蓮池が広がっている。その下には地獄の血の池があるようだ。キョロキョロしながら歩いていたら誰かの足を踏んでしまって謝ると、「・・・極楽ではあなたは私で、私はあなただから謝ってはいけない・・・」と、今度はポカリと頭を叩かれた。叩いたのも私だから怒ってはいけないということのようだ。蓮池でのんびりと釣りをしている男がいる。

留さん 「釣れますか?餌はなんでんねん?」

釣り人 「餌も針も使いません。このクモの糸だけでこの下の地獄の亡者どもを釣っておるのじゃ」

留さん 「そならあんたお釈迦さんですな。わて閻魔はんの知り合いでんねん」

釣り人(釈迦) 「ほぉ、閻君の知り合いか。残りもんじゃがこの夕べのカレー食わんか?」

留さん 「遠慮させてもらいますわ。けどそんな細い糸で釣れまんのか?」

釈迦 「クモの糸は七、八分とこまで上がって来ると自然と切れるでな、はじめの頃はドンドン、ドンドン上がって来よった亡者どもも、この頃は諦めて上がって来んよおになったなぁ」

留さん 「そんな根性の悪いことしなはんな。亡者が気の毒だっせ」

釈迦 「そないことありゃせん。近頃では地獄も開けてきよった。地獄へ行くよおなやつは、皆金をたくさんに持っているでなぁ。血の池では屋形舟を出して鬼芸者を上げて遊んだり、鬼どもを騙して土地をみなただ同然で買収して、針の山はゴルフ場になったし、熱湯地獄は温泉旅館にしたり、もうじきに総合レジャーセンターなんて物まで完成するそうや」

留さん 「ホンに皆ドンチャン騒ぎして呑めや唄えで楽しそうだんなぁ。・・・♪ヨッ、コラコラ、コラコラ。ヨッ、ヨイトヨイト、コラコラコラコラ」

釈迦 「こら!踊ってはいかん。危ない!・・・」、留さんは足を踏み外して落ちて行って血の池の中にドボーンとはまってしまった。お釈迦さん、閻魔はんの知り合いをこのまま放っておくわけにも行かずに、どうしたものかとうろたえていると、そこへ通り掛かった、

キリスト 「ワタシ縄梯子アリマス。 オリーブ山カラ昇天スルトキニ使イマシタ縄梯子デス。チョット 古イデスガ、ソレデ二人デ降リマショウ」と、二人で留さんを助けに血の池に降り始めたが、何せ何千年前の古びた縄梯子で真ん中ぐらいに来たあたりで二人の重みでプッツリと切れて、二人も血の池へ真っ逆さま。

 溺れかけているところを血の池の船頭に助けられて、見ると舟の中には留さんもいる。舟の真上にはクモの糸がぶら下がっている。

釈迦 「おぉ、ちょうどよろしいわ。キリストはん、このクモの糸で上がりまひょ」

キリスト 「これ七、八分とこ上がったら切れまんねやろ?」

釈迦 「いや、それは亡者の罪の重みで切れますのでな、我々は大丈夫じゃ。留さんは待ってておくれ」と、二人でクモの糸を上り始めた。

留さん 「わたいも何やかんや言うてもやっぱし極楽のほうが性が合いそぉやさかい、 ボチボチ上がりまっさかい」、留さんが上って来るのに気が付いて、

釈迦 「留はん、あんた上がったらあかん、亡者のあんた上がったら切れる・・・キリストはん足でボーンと蹴りなはれ」、何と慈悲も情けもない神仏も恐れない言い様だ。

 だが、「留さんを足で蹴りなはれ」という自己中が一番の罪業だ。法の下の平等で、この言葉発した途端にクモの糸はぷっつんと切れてしまって、三人ともドボーンと血の池へ逆戻り。

釈迦 「あ~あ、神も仏もないもんか」



 



桂枝雀の『茶漬えんま』(小佐田定男作)【YouTube】



631(2018・1)




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