★あらすじ 大阪の材木問屋の跡取りの若旦那、薬の効かない病で臥せっている。医者の見立てでは、胸に何か詰まっていて、それを聞き出さなければ医者も薬も役立たずという。
大旦那は鳶仲仕の熊五郎を呼んで、若旦那の胸につかえていることを聞いてもらうことにする。熊五郎は若旦那が小さい頃から遊び相手になり、気心も知れているので何でも話せる男なのだ。
大旦那から事情を聞き、若旦那の寝ている部屋へやって来た熊五郎、若旦那も年頃だし、胸にあるのは女のことだろうと察しはついている。思った通り、若旦那はある女に惚れた恋患いだと告白する。
こうなればしめたもの、熊さんは、その女はどこかのお嬢さん、大家のいとはん、芸妓、人の嫁さん、後家さん、尼さん、女中、乳母か、とたて続けに聞くが、すべてノーという返事。やっと聞き出した女は井上素山という絵師の掛け軸に描かれた女だという。絵師はもうとっくに死んでいる。
笑うに笑えない熊さんは、こんな薄暗い所に寝ていても体に悪いだけ、どこか空気のいい所へ出掛けて養生しよう、外に出れば絵に似た女に出会うかも知れないと若旦那をうまく誘う。若旦那も胸の内を明かしたら少しは気が楽になったようで、熊さんと宇治に養生に行くことにする。
宇治の菊屋旅館に逗留する若旦那、所変わればで具合もだいぶよくなったある夕方、若旦那が二階から夕立の上がった景色を見ていると、菊屋の表で絵にそっくりな女が、「伏見まで帰るもんどすけど、舟は出まへんやろか」と聞いている。宇治橋の下まで行けば舟があると聞いて女は歩き出す。
若旦那も尻をはしょって外へ飛び出し、近くにあった小舟を漕いで先回りして、「姉さん、伏見まで帰りますねん、駄賃はたばこ銭で送らしてもらいます」と女に声を掛けた。小さい頃から材木の間を飛び回ったり、筏(いかだ)に乗って遊んでいて、竿を操るのは手慣れたもの。すっかり船頭と思って怪しまない女は舟に乗った。
若旦那は五、六町舟を進めてぴたっと止めた。女はびっくりして金なら上げるから伏見まで行ってくれと懇願する。若旦那、実は絵に描いた女に惚れて病気になった。姉さんが絵の女にそっくりだ。どうか思いを叶えさせてくれと迫る。
女は、「私は夫のある身と」と冷たく拒否。あきらめ切れない若旦那は女の腕を掴んで引き寄せる。もみ合ううちに女は若旦那の胸をポンと突いた。若旦那は宇治川の急流にドブーンと落ちた。
若旦那 「あああぁぁ〜」、
熊さん 「若旦那!、若旦那!」
若旦那 「ああ、夢か」
自分の愚かさ、甘さを知った若旦那、身も心も回復して大阪へ帰り、しっかりと材木問屋を継いだという、「暮れてゆく春の湊は知らねども霞におつる宇治の柴舟」の一席。
|