「やかんなめ」


 
あらすじ 日本橋の商家のおかみさんが女中のお花さんと、お竹さんをお供にして向島へ梅見に出掛けた。

 隅田川の土手を歩いていると目の前を大きな蛇が横切った。おかみさんはびっくりして持病の癪(しゃく)が出て苦しみ始める。普通の癪の薬では効かず、おかみさんの合い薬はなんとやかんをなめること。

 女中は二人ともやかんを持って来ず、あいにく近くに茶店も人家もない。すると前方から初老の武士お供と歩いて来た。その頭はつるつる、てかてかでやかんそっくり。

お花 「あのお武家さんにお頼みして頭をなめさせていただこう」

お竹 「そんな馬鹿な事をお願いしたら、無礼者と言ってお手討ちにされてしまうわ」

お花 「お手討ちになる覚悟でイチかバチかお願いしてみます」と言って、武士めがけて駆け出して行った。

 お武家さんは気の合う可内(べくない)をお供にしてのんびりと歩いて来ると、前方から真っ青な顔をした女が走って来てひざまずき、「お武家さま、お願いがございます・・・」

武家 「どうしたお女中、・・・そうか仇討ちか、手前の神道無念流免許皆伝の腕前の見せどころ、喜んで助太刀いたすぞ」

お花 「そうではござりません・・・」

武家 「それでは賊に襲われたのか、で、そ奴らはどこにおる」

お花 「お待ちくださいませ、そうではござりません。手前どもの奥様が急に持病の癪を起しまして・・・」

武家 「あぁ、そんなことか。それならばこの薬篭に入っておる薬を飲ませれば・・・」

お花 「それが普通のお薬では効かないので・・・」

武家 「なるほど、その人に合った合い薬というのがあるものだ・・・」

お花 「左様でございます。その合い薬と言うのが・・・その・・・」

武家 「分かっておる。お女中の口からは言いにくいのであろう。わしのこのまむし指で押せば・・・」

お花 「いいえ、それではございません」

武家 「ははぁ、やっぱり、男の下帯で身体を巻いてグーッと縛れば・・・」

お花 「そうではございません。奥様の合い薬と言うのは・・・その~、やかんをなめることです」

武家 「はぁ、やかんをなめる?・・・それがわしとどういう関わりがあるのじゃ」

お花 「はい、あの、その~・・・あなた様のお頭(おつむり)がやかんによく似ていらっしゃるので・・・頭をなめさせて・・・」

武家 「なにい~!武士に向かって頭をなめさせろとは、無礼千万、聞き捨てならん、そこになおれ、手討ちにしてくれる・・・何を笑っておる、可内・・・」

お花 「お怒りはごもっとも、覚悟の上でございます。お聞きとどけなき上はどうぞお手討ちにしてくださいませ」

武家 「なに、手討ち覚悟、手討ちにしろと言うのか。商人風情の奉公人とはいえ、立派な覚悟、・・・これ可内、武家の奉公人ともあろうに、主人が困っておる時にゲラゲラと笑ってばかりいてこの者に恥ずかしくはないのか」

可内 「旦那様、一度ぐれえはなめさせておやりなせえ。人助けになって、減るもんでもねえから」

武家 「う、う~ん、人助けと思って少しだけなめさせてやるか・・・、どこにおるのじゃ、そのおかみさんは」、という事でお花さんの一念が通じて、武士はおかみさんに立派なやかん頭を差し出すことになった。

武家 「これ、可内、まわりを見張って人が来たら近づけるでないぞ・・・」、意識もうろうのおかみさんは目の前のやかんのような物体を見て、藁にもすがるように武家の頭をがっしりと抱えてペロペロべろべろ・・・。くすぐったいやら、気持ち悪やら、時々歯が当たって痛いやら。

 可内は見張りなんかそっちのけで、笑いっぱなしだ。思う存分なめ足りたのか、おかみさんは癪の痛みが治まってきたようで、恥ずかし気に、「どうもありがとうございます。おかげさまで助かりました。どうかお所とお名前を」

武家 「なにを言うか。またなめに来られてはたまらん」

可内 「そんなこと言わねえで教えてやんなせえ。旦那様の頭は癪の特効薬で、いい商売になる」

おかみさん 「そうではございません。改めてお礼に伺いたいと・・・」

武家 「とんでもない。もうこれからそなたたちとは見ず知らずの赤の他人。道ですれ違っても挨拶などはせんように願いたい」、「可内、参るぞ」と、武家は足早に現場を離れて行く。

 なめられて洗ってもいない頭はだんだんべたべた、ごわごわして気持ち悪くなってきた。何だがひりひりする所があるので可内に見てもらうと、

可内 「あれまあ、あのおかみさんの歯形がくっきりついてるだ」

武家 「なに、傷は深いか」

可内 「心配ねえ、まだ漏るほどじゃねえ」





        




表紙へ 演目表へ 次頁へ