「大師の杵」


 
あらすじ 諸国を巡錫中の弘法大師は武州橘樹郡平間村の名主源左衛門の家に滞留し、布教に励み付近の病人らを真言密教の加持祈祷で治療する。

 源左衛門の娘のおもよさんは今小町、田舎小町で今年、十八。若くてイケメン、不思議な力を持った大師にぞっこん惚れてしまった。

 娘の心を知った源左衛門は、「どうか娘と添うてこの地にお留まりください」と、懇願するが大師は今は修行中の身とつれなく断る。

 おもよは煩悩の犬追えども去らずで諦め切れず、「私の願いを聞いてくださらないのなら・・・」と、懐剣を抜いて喉を突こうとする。困った大師、これを見殺しにすれば殺傷戒、娘の心に従えば邪淫戒、嘘をつけば妄語戒で進退ここに極まって、

大師 「今晩、私の寝間に忍んで来なさい」と言い、その夜、布団の中に餅つきのを置いて出発してしまう。まさに大師自ら妄語戒を犯したのだ。天下の高僧さえこの有様、いわんや凡僧、愚僧においておや、という事か。

 一方のおもよさん、弘法大師が嘘をつくなどとは夢にも思はず、その晩に大師に寝間に忍んできて夜具をめくると、横たわっていたのは大師ならぬ杵で、想いを杵(切れ)か、ついて(搗いて)杵(来ね)の謎なのかも考える余裕もなく、完全にぶち杵(切)れた。

 半狂乱になったおもよさん、髪を振り乱し鬼の形相で、なぜか杵をかついで、「待て、この騙り坊主」と追いかける。

 多摩川の土手に来たが大師の姿は見えない。ここで清姫なら大蛇となって安珍を追って行くのだが、それほどの執念もなかったのか、絶望したおもよさん、「この世で添えぬ悪縁ならば、来世とやらで添い遂げん、半座を分けてお待ち申さん」と、杵をかついで多摩川にドボンと身を投げてしまった。

 翌朝、この噂を聞いた大師は源左衛門の家を訪れ、「出家にあるまじき罪を作ってしまった」と嘆き、供養のためにおもよ堂を作って冥福を祈った。村人から近郷近在、旅人までもがおもよ堂を訪れるようになり、寄進も増えたが手狭になって、大きな川崎のお大師さまのお堂を作った。

 この時、大師は自らの体験から女に惚れられるのは一生の災難と、女除けのお守りというのをこしらえた。女にもてる女寄せのお札ならいざ知らず、こんなものを買う者などは皆無の状態。それでこれをただの厄除けとした。

 また、川崎の大師には大師自作で自開眼のご尊体とおもよさんが担いでいた杵があるというが、厨子に入っていて錠が掛かっていて誰も見たことがないという、有るのか無いのか、嘘っぽい代物。

 ある時、寺社奉行立会いのもと、錠をはずして中を調べたことがある。暗闇の中を見るとそれはご尊体ではない。そこで寺の坊さんに聞いて見る。
寺社奉行 「あれは杵だろうか?」

坊さん 「それは臼(嘘)です」


    
        

三遊亭金馬(三代目)の『大師の杵【YouTube】



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川崎大師(平間寺)





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