★あらすじ 天王寺村の百姓の久兵衛、女房が病気になって寝込んでしまった。医者は朝鮮人参を飲ませれば治るだろう言う。とても久兵衛が買えるような代物ではなく、思案にくれていると、娘が遊郭に身を沈めて金を作ると言う。
久兵衛は他に金ができるあてもなく、知り合いを介して新町の播磨屋金兵衛に娘を売って五十両の金を手に入れる。うしろめたい金を懐にして、とぼとぼと安堂寺橋あたりまでやって来ると、船着場の近くに菊屋治兵衛という酒屋がある。店の前を通ると、ぷ~んといい匂いがして、酒好きな久兵衛はフラフラと入って、
久兵衛 「すんまへんが一合だけここで飲ませてもらえまへんか」
番頭 「うちは居酒はやりまへんのでな」
久兵衛 「よう存じておりますが、ちょっと今、ええ匂いを嗅ぎましたら、たまらんようになりましたんで」と諦めかけて帰ろうとすると、
番頭 「さよか、そなら一合だけ」と、樽から升に注いで差し出すと、久兵衛は美味そうに一息で飲み干して、
久兵衛 「いいお酒でんなあ、ほんに結構でございました」
番頭 「なかなか見事な飲み口でんなぁ」
久兵衛 「へぇ・・・すんまへんが、もう一杯・・・」
番頭 「まあ、よろしやろ」と二杯目を注ぐ。今度は久兵衛はゆっくり味わって飲んで、またお代わりする。少し酔いが回ってきたのか愚痴っぽくなり、クダクダと喋り出してきた。それでも三杯でケリをつけ勘定を払って酒屋を出た。
ほろ酔い加減でしばらく歩いて懐に胴巻きがないのに気づく。いっぺんに酔いもさめて、勘定を払うと時に下に落としたと思い酒屋へ取って返す。
一方、酒屋では番頭が久兵衛が飲んでいた足元に胴巻きが落ちているのを見つけて、とっさに懐に入れてしまった。そこへ血相変えた久兵衛が駆け込んで来る。
久兵衛 「ど、胴巻き落ちてましたやろ」
番頭 「そんなもん落ちてえしまへんで」
久兵衛 「そんなはずおまへん。ここに落ちてましたやろ!」
番頭 「なにかい、わしが盗んだとでも言いなはんのか!」
久兵衛 「そやないが、あれは娘を売った金でおます。あれがなかったら親子みなで首吊らんなりまへんのや」
番頭 「しつこいおやじやな、無い物は無いんや、出て行け!」と、引きずり出してしまった。
もうどうしようもなく、久兵衛は安堂寺橋から飛び込もうとするのを抱き止めたのが、船仲士の櫓浜の幸兵衛。久兵衛から話を聞いて、
久兵衛 「わしはあの番頭が何か拾うて懐に入れるのを見たんや。よっしゃ、わしが証人になるよって西の御番所へ駆け込み訴えせえや。一ぺん、二へんは突っ返されるが、三べん目には受け取ってくれるで」と、二人で御番所へ駆け込んだ。
翌日、奉行所から酒屋へ、「昨日、手配中の大盗人が捕まった。その男が白状するに、盗んだ五十両の金をその方の店で飲んでいる時に落としたと言う。その金にはしるしがついておる。その金がお前の店から出たとなると店も巻き添えをくう。よくよく調べて返事をせい」とのお達し。
酒屋の亭主はびっくりして、店の者を総動員して家中を捜しまわる。番頭は隙を見て布を火鉢の灰の中に隠した。丁稚がそれを見つけて御番所へ届け出る。
お奉行は、久兵衛、幸兵衛、酒屋の菊屋治兵衛、その番頭清兵衛、播磨屋金兵衛を呼び出す。そして五人へ裁きを申し渡す。
その裁きとは、五十両の財布は久兵衛に返す。久兵衛の娘は菊屋治兵衛が五十両で身請けして久兵衛に返し、番頭清兵衛は十年間無給で奉公、幸兵衛には青緡(あおざし)十貫文のほうびを与えるというもの。
幸兵衛 「銭欲しさにお上に願い出たのではございません」
奉行 「そう申すな。その方の正直なること、上においては明白である。正直の幸兵衛(頭)に神宿るじゃ」
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