「平林」


 
あらすじ 伊勢屋の小僧の定吉旦那の手紙を平河町平林(ひらばやし)さんへ届ける用事をいいつかる。忘れっぽく、字の読めない定吉に、旦那は、「ずぅ〜と、ヒラバヤシさん、ヒラバヤシさんと、口の中で言って行きなさい」と智恵を授ける。

 定吉は、「ヒラバヤシさん、ヒラバヤシさん」と言いながら歩いていて、うっかり赤信号で横断歩道を渡りそうになり、お巡りさんから、「赤止まりの青歩き」だと注意され、いつの間にか、「赤止まりの青歩き」と言いながら歩いていたが、どうもこんな名前じゃなかったと気づいて、通りかがかりの人に手紙の宛名を読んでもらうと「タイラバヤシだ」と言う。

 「タイラバヤシ、タイラバヤシ」と言いながら歩いて行くが、何となく違っているようで不安で、また人に聞くと、「ヒラリン」という答えで、「ヒラリン、ヒラリン」だが、また心配になってお爺さんに聞くと、「
イチハチジュウのモクモクじゃ」で、だんだん正解からは遠ざかって行く感じだ。

 今度はたばこ屋で聞くと、「ヒトツとヤッツでトッキッキ」だと。何だかおちょくられているみたいだが、定吉はもう面倒くさいと全部続けて、「♪タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウのモクモク、ヒトツとヤッツでトッキッキ」と節をつけて歩き出した。面白がって近所の子供たちが後にぞろぞろ付きだし、定吉は泣きべそをかきながら、「♪タイラバヤシかヒラリンか・・・・」と歩いている。

 ちょうど通り掛かった定吉を知っている人が、「どうしたんだ。お使いに行って行き先が分からなくなったのか。しょうがないな。その手紙はどこに届けるんだ」

定吉 「ヒラバヤシさんとこです」





桂文朝の『平林【YouTube】

   平河天満宮
   貝坂 平河町2−3と2−4の間を北に上る。《地図


落語『文七元結』の最後のところに登場する坂。

貝塚があったというのが現在の定説。もともと半蔵門外一帯を古い地名では貝塚と呼んでいたことがある。また、甲州街道の一里塚があったので土地の人が甲斐坂と呼んだといわれている。
   

赤坂御門跡(赤坂見附跡) 《地図

大山街道」の起点、






表紙へ 演目表へ 次頁へ