★あらすじ 泰平の世、雲州松江の七代城主、松平不昧公は書画に凝っていたが、これに飽きて千宗旦について茶道を始めた。これにも飽きが来て、今度は出入りの茶人で骨董商の小林金次郎も加えて茶を喫しながら徹夜で語り合う夜話を始めた。ある夜、語りあっていると、「チンリンチンリン」という風鈴の音が聞こえて来た。
不昧公 「今時分なぜ風鈴の音か聞こえるのだろうな?」
金次郎 「ご門外を売り歩きます夜鷹そばでございます」
不昧公 「なんじゃ、その夜鷹そばとは。どういうものか見ておきたい。ちょっと案内をいたせ」
」、お忍びで城外へ出ると、「そば~、ねぎ南蛮、しっぽく~」と夜鷹そば屋の売り声、
不昧公 「何かあつらえてみろ」、金次郎がねぎ南蛮を一杯頼むと、そば屋は屋台の脇の引き出しを開けてそば玉を取って、ざるに放り込み左右の手を上手に使いながらすぐにねぎ南蛮をこしらえてしまった。その無駄のない動きに不昧公は大いに感心する。
そば屋 「へえ、出来ました。どうぞお召し上がれ」、出された箸が一本なので、
不昧公 「はて、夜鷹そばというものは、一本の箸で食すのか?」
金次郎 「それは割り箸と申して、お割りになると二本になります」と、これにも納得、感心。出来立ての熱いそばも美味くて不昧公は大満足して城へ帰った。
不昧公 「金次郎、余も夜鷹そばをやってみたくなった。あのそば屋の荷をこしらえてくれ」と、鶴の一声でほどなく道具、着物、材料一式が整った。
早速、御膳所でそばを打たせて、売り声を上げて、
不昧公 「そば~わぁ~、ねぇ~ぎィ~南蛮~しっぽく~」と、謡曲風だが。どんどん作って家来たちにどんどん食べさせる。
四、五日経つと家来だけでは面白くないと、水戸、紀州、尾州公へ松江城下へ招待の手紙を出した。暇でしょうがない三公は喜んで遠路はるばる物見遊山、実はそばを食わされに松江城下にやって来た。夕暮れ方から四方山話に花を咲かせていると、
不昧公 「さて、これからそれがしが、夜鷹そばの支度に取り掛かりますゆえ、暫時おくつろぎ願います」と席を立った。三公は夜鷹そばとはどういう趣向かとわくわくして待っているがなかなか不昧公は現れず、もはや腹ペコの状態だ。
そこにチンリンチンリン、「そば~、ねぎ南蛮、しっぽく~」と現れた不昧公、早速、三公の前でねぎ南蛮をこしらえ始めた。その手際のよさに三公は口をあんぐり、不昧公ではなく本当のそば屋が不昧公を装ったそば屋に化けているのか?とも疑ったりして。
できたそばを三公の前に置き、不昧公はまたそばをこしらえ始めた。さて、腹ペコの三公はいい匂いの漂って来るそばを早く食べたいのだが、箸が一本しかなくお互いにどうやって食べるのか伺っていると、それに気が付いたのか、わざとどうやって割り箸を扱うのかを見ていたのか、
不昧公 「これはとんだ失礼をいたした。どうか器をひとまず下に置いて、箸を取って両手の指でお引きになりますと割れます」と、自ら得意げに実演だ。
三公は、「なるほど、これは新発明だ・・・」、なんてすっかり感心して美味そうにそばを食べ始めた。すると金次郎が左手にどんぶりを持ち上げて食べようとしている。
「おや、こやつは町人のくせして割り箸の使い方も知らんのか」と、三公は顔と顔を見合わせてニンマリしていると、金次郎、割り箸を前歯にくわえて、パリッと割った。
「なるほど町人は割り箸は口で扱うものか」
|