★あらすじ 昔は栗のいがを天井のすき間や、梁(はり)の所へ置いてねずみ除けにしました。
江戸からの旅人が甲州の山中で道に迷い日も暮れかかる頃、壊れかけた辻堂の縁側で何やら唱えごとをしている一人の坊さんに出会う。
これ幸いと道を聞こうと近づくと、ゲジゲジ眼、髭(ひげ)もじゃで、いが栗頭の坊主が半眼で何か呪文のようなことつぶやいている。旅人がいくら問いかけても応答はなく、しまいには坊主は目をギョロッと見開き旅人をにらみつける。その顔の不気味なこと。
旅人はあきらめて立ち去り、一軒のあばら家を見つける。出てきた老婆に一晩の宿を頼むと、老婆は病気の娘と二人暮し、娘はいつの頃からか坊さんが恐いといって床に伏せったきりだという。
老婆はあんな所へ泊まらなければこんな恐ろしい目に会わなかったろうと、後悔するだろうから気の毒で泊めることはできないという。旅人はどんな恐い目にあってもかまわず、ここで見聞きしたことは絶対に口外しないと約束し泊めてもらうことになる。
旅人は稗(ひえ)の雑炊を一杯食べ、昼の疲れもありすぐに部屋の隅で旅の合羽をかぶって寝入ってしまう。
夜も更けてどこかで打ち鳴らす八つの鐘がかすかに聞こえる頃、今まで静かに寝ていた娘が「うーん、うーん」と苦しがる。旅人もこの声で目を覚まし娘の方を見ると、娘の枕元に昼間見たいが栗坊主が坐って、片手を娘の額にかざし、呪文を唱えている。
夜が明けると坊主は消え、娘は静かに寝ている。旅人は老婆に娘の病気を治してあげる言ってあばら家を飛び出し、昨日の辻堂まで来ると昨日と同じようにいが栗坊主が呪文を唱えている。
旅人が、(鳴物入りの芝居がかった口調で)「おい、坊さん。てめえはひでえお人だなあ・・・・・・・娘さんは今朝死んじまったぜ」というと、坊主が「娘は死にましたか」と口を開いた。その途端、姿がぐずぐずと崩れ白骨になってしまった。
旅人は急いで老婆の家へ引き返す。娘さんの容態はと聞くと、さっきむっくりと起き上がりお腹が減ったと言い出したという。村へ下り、この事を話すと村中大喜び、いが栗坊主は娘だけではなく、村全体に祟って凶作にしていたのだ。
娘もすっかりよくなり、老婆は旅人に娘を女房にしてくれないかと頼む。江戸にいるよりこんなのどかな田舎で器量よしの娘と所帯を持って暮らしたほうがいいと思った旅人は承知する。
そうして婚礼も終わりその晩のこと、天井でねずみがガタガタ走り回る音がしたかと思うと、置いてあったねずみ除けのいが栗が落ちてきて、娘のおでこへあたり、「痛い!」と悲鳴。
男 「しつこい坊主だなあ、まだいが栗が祟っていやがら」
収録:昭和63年10月
TBSラジオ「ビヤホール名人会」 |
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