「一文惜しみ」(五貫裁き)


 
あらすじ 大家の太郎兵衛の所へ、神田三河町で賭場の四文使いという、勝負に負けた者の着物を質屋へ行って換金して、使い賃に四文貰っていた初五郎が、そんなヤクザな稼業から足を洗って堅気になって八百屋でもやって稼ぎたいと相談に来た。

 元手でも貸してやりたいが、太郎兵衛にもまとまった金はない。そこで奉加帳を作って初五郎に知り合いの金のありそうな所を回らせ資金集めをさせることにする。そんな面倒なことは御免といやがる初五郎を説得し、初めに回るの家が肝心と送り出す。

 初さんが最初に思いついたのが神田三河町の徳力屋万右衛門という質屋。確かに金はあるが名代のしみったれ。店へ入り奉加帳を見せると番頭が三文と書いた。「初筆に三文、ふざけやがって・・・」と、怒る初さんの声を聞きつけて主人(あるじ)の万右衛門が出てきた。話を聞いて万右衛門が奉加帳に書いたのが”一文”。帳面を見た初さん、「乞食じゃねぇんだ、一文ばかりならいらねぇや」と畳へ叩きつけたのが跳ね返って、万右衛門の顔へぶつかった。万右衛門が、「何をするんだ!」と、そばの煙管(きせる)で初さんの額をピシリと叩くと眉間から血がだらだらと流れ出た。

 泣きながら大家の家に駆けこんだ初さん、事の顛末を話すと大家は、「相手が徳力屋では掛け合っても膏薬(こうやく)代も出すまい。もう駆けっ込むよりしょうがあるめぇ」で、恐れながらと奉行所へ訴え出た。

 やっと三度目の訴えで奉行所の取り調べることとなり、一同がお白洲に出る。奉行の調べに初さんは、「・・・二朱一分はあたぼうだ。たった一文ばかりだから、こんな物いらねぇと叩き返してやった」と正直だが、奉行は、「・・・一文といえども天下の通用金を叩き返すとは不埒千万・・・おのれの膏薬代をむさぼろうなどという野卑な了見により上(かみ)の手数をわずらわせるとは言語道断・・・」と、初五郎を厳しく叱り、徳力屋万右衛門は何のお咎(とが)めもなく無罪放免。

 これじゃこの噺は面白くもなんともない。むろん奉行は徳力屋の商売のこと、初五郎の改心のことなどをすっかり下調べしている。奉行は初さんに商売の元手の五貫文を貸し与えると言い出した。それを毎日、一文づつきっちりと返すという約束だ。毎日奉行所へ届けに来るのは商売に差し障るので、近くの徳力屋に預け、徳力屋が毎日奉行所へ届けることにしたらどうかと、奉行は双方に問うた。

 膏薬代ぐらいは払わされると腹をくくっていた徳力屋だから、自分の懐(ふところ)が痛まない話に文句があるはずもなく、初さんの方もむろんOKで、奉行の「これにて一件落着、一同の者立ちませい!」」となった。

 翌朝から初さんの徳力屋通いが始まる。一文渡して立派な受け取りを貰って来る。その一文を徳力屋は奉行所へ届けるのだが、使いの者ではだめで、徳力屋、名主、五人組一同で行かないと受け取ってくれない。それもお白洲で丸一日待たされるからたまらない。

 やっと一文づつ返済のカラクリが分かってきた初さん、面白くてしょうがない。だんだんと徳力屋へ行く時間が早くなってきた。まだ夜中のうちから徳力屋へ向かう初さんは見廻りの役人に怪しまれ、一緒に徳力屋へ向かう。店の戸をドンドンと叩くと、店の者がうるさがって、「だめだ、だめだ、明日の朝にしろ!」、初さん「お奉行所へ納めるんですから受け取ってくださいよ」、すると店の中から「奉行所なんぞ恐かねぇ、奉行も糸瓜(へちま)もあるか」で、踏み込んだ役人にこっぴどく油を絞られる羽目となった。

 徳力屋もやっと五貫文を一文づつ毎日、名主・五人組連れ立って奉行所へ届けるという事の重大さに気づいた。これでは徳力屋の身代が半分なくなってしまう。親戚中が寄り合い、初五郎に十両やって示談で手打ちにしようとする。

 初さんから相談を受けた大家の金兵衛は、番頭と直談判して示談金を吊り上げる。ついには「千両でどうでしょう」と吹っ掛けた。番頭は主人の万右衛門へこの話をすると、千両と聞いて目を回してしまった。まあ、千両は法外、百両でやっと示談成立となった。

「強欲は無欲に似たり、一文惜しみの百両損というお噺でございます」


  
                    質屋   



寛永通宝 
一文×5000枚=五貫文(一両一分)
毎日一文づつ返せば約13年8ヶ月かかる。
        

立川談志の『五貫裁き【YouTube】



神田三河町(現在の内神田1.2丁目)
鎌倉橋から神田公園あたりまでの間の外堀通りの両側
家康江戸入府の時、三河からついて来た町人に下賜された地。
この町には幕府に出仕する医師が多く住んでいた。
一心太助岡っ引きの半七もここの住人。落語『大工調べ』にも登場する。



右が北で御堀、鎌倉河岸の北側が三河町





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