「市助酒」

 
あらすじ 夜遅く船場質屋番頭が丁稚の常吉に帳簿を読ませて算盤をはじいていると、町内の下役の市助が酔っぱらって、一軒一軒の戸をドンドン叩きながら大きな声で、「火の用心を大切にお頼み申します」と廻って来た。

番頭 「一遍言うたら分っているわい、何遍も何遍もくそやかましい、どしつこい奴っちゃ・・・」、これを聞きとがめた主人、「番頭どん、今お前さん大きな声を出していなさったが、何じゃったいな」

番頭 「へい、常吉が居眠りばかりいたしますので、つい大きな声を出してしもうて、恐れ入ります」

主人 「いや、常吉が居眠ったので叱っているのばかりではなかった、何遍も何遍もくそやかましいとかいうていなさった、あれは誰に言うたのじゃ・・・これが船場のこの店を預っている番頭の言う言葉か。あの火元廻りは市助が己れ勝手に、すき好んで火の用心言うて歩いているのじゃないぜ・・・」と、日頃の番頭の言動、働きぶり、客あしらいなどを延々と、懇々と説教する。

 番頭はすっかり身に染みた様子で、「まことに私が重々悪うござりました、・・・」と、反省しきりで平謝り。
主人 「よろしい、その一言で私は何にも言いません、・・・市助さんが明日、表を通りよったら、呼び込んで、今晩の事を上手う取り成しなされ、禍いは下からと言うことがあるさかい、よそへ行って、お前の事や店の事を悪う言うて回るてなことがないように大事に扱いしなはれ」

 翌日、番頭は朝から市助が通るのを気をつけて待っている。すると市助が昨晩怒られたことを覚えているので店の前を走るように通り過ぎて行く。番頭は常吉に追いかけさせて連れて来ると、
市助 「どうも昨晩は酔ったせいで相済みませんでした」

番頭 「昨晩のことは私からお前さんに謝りを言わにゃならぬ。丁稚がすぐ居眠るやさかいつい荒い言葉で・・・お前さんを呼込んだのはな、今日は母の祥月命日にあたるのじゃ。酒好きなお前に飲んでもろうて母の供養にしたいのじゃ」と、市助を店の中に入れ、用意してある酒と肴を出す。

市助 「さようでござりますか、昨晩の一件でお叱りを受けるかと思うて案じておりました、それは結構でござります、頂戴いたしますでござります」、と飲み始める。始めはおとなしく飲んでいたが、酔いが回ってくるとぺらぺらと喋り出して止まらない。

 昨日の主人の小言も長かったが、市助の話には終わりが見えて来ない。まだ仕事は残っているしだんだんいらいらしてくるが、昨日のように怒ってしまえば元の木阿弥、元も子もなくなってしまうのでじっと我慢して聞いていたが、

番頭 「市助どん、もっとお前に飲んでもらいたいけれども、私もまだ用もあり、お前さんもまたあまり飲み過ぎて、・・・今日はこれでお終い、納盃ということに・・・」で、市助も素直に帰って行ったが、すぐに町内の若い者に呼び止められて、若い連中の寄り合いに連れて行かれてしこたまた飲まされるはめになった。

 へべのれけに酔ってしまって番小屋に担ぎ込まれ寝てしまった市助、夜になって起こされて火元廻りに出掛ける。
市助 「火元大切にお願い申しますぜ」と、軒並みドンドンと叩きながら廻って質屋まで来ると、ここで昼間酒を饗(よ)ばれたということがやはり腹にあるものと見えて、ほんのコツコツコツと、雨垂が落ちたように遠慮して叩いている。

潜り戸を開けて番頭 「市助どん、私とこは火元は大切にしますぞ」

市助 「滅相な。御当家はどうでも大事ござりません」




   







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