★あらすじ 放蕩が過ぎて二階に禁足の身の若旦那。外に出たくて一階に下りて店の横の手水場から、往来を行き交う人を羨ましそうに眺めていると、遊び仲間の床屋の磯七が通り掛かった。
磯七をこっそり呼び寄せ、家(うち)から脱出する計略の手伝いを頼む。明日の昼過ぎに磯七が味噌豆を炊くと言って大釜を借りに来る。その大釜には若旦那が入っていて、担ぎ出してもらって藤乃屋へ運んでもらうという段取りだ。磯七は軽くOKし、では明日と帰って行った。
これを手水場の外で聞いていた親旦那、翌日、丁稚たちに大釜を庭に運ばせ、「今日は悪魔払いのご祈祷で空釜を焚きます」と言って、釜の下から割り木に火をつけさせ焚き始めた。蓋が少し動き出すと、「悪魔じゃ、家の身代を滅ぼす悪魔じゃ。蓋の上に石を乗せて逃がすな」、釜の中の若旦那、石川五右衛門の釜茹ならぬ空焚きにされ、熱くて我慢がならず蓋を持ち上げて飛び出して来た。
「そーれ、悪魔が正体を現わした。・・・この極道め!、とっとと二階へ上がってなはれ!」で、若旦那の栄光への脱出は、はかない夢と消えた。親旦那「定吉、磯七がこの釜を借りに来るから、傷つけないようにと言って貸してやれ。空だと軽すぎて怪しまれるから、食べ過ぎて粗相ばかりしてつながれている糞垂れ(ばばたれ)デブ猫のミイ公を入れてといてや」
そんなこととは露知らず、磯七は三人ほど人を連れて大釜を借りに来た。
磯七 「ごめんやす。あ、定吉どん、旦那はんは」
定吉 「おっさん味噌豆炊くんで釜借りに来たんやろ。旦那はん、釜痛めんように使うてくれたら貸したると言うてはったで」、磯七は何で知っているのかちょっと不思議に思ったが、詮索もせずに釜を四人で藤乃屋へと運んで行った。
大釜は藤乃屋の玄関からは入らず、庭先から座敷へ綱で引き上げることにする。磯七は「若旦那、藤乃屋に着きましたで、釜ごと座敷に上げますよって、二階の芸妓連中をびっくりさしたくれ」と、釜をコンコンと叩くと、中から「ニャーオ、ニャーオ」、磯七「粋なもんや若旦那はん、猫の鳴き声で返事してるがな」
無事二階の座敷に上げられた大釜を前に、磯七「さて、本日のご趣向に磯村屋、一世一代の手品をご覧に入れます。この釜の中より、あっと驚く逸品を取り出してお見せます」と、大得意で大見栄を切って、おもむろに釜に蓋を開けた。
とたんに、猫が飛び出してあたりを駆け回り始めた。パニック状態の猫は大も小も垂れ流しながら畳、障子、衾を汚し、「キャーキャー」と悲鳴を上げて逃げ惑う芸妓たちに飛びつき、着物は汚すは破くはの大騒ぎ。座布団を持った大勢に追いかけられた猫は行き場を失い、二階から下へポーンと飛び降りた。
ちょうど通り掛かった尼さんの頭の上に粗相しながらドサッと見事着地。
尼さん 「これっ、何をするのじゃ、御仏に仕える身に、こんな不浄をかけおって・・・・。ここの主(あるじ)、出て来てくだされ。この始末どうしてくれますのじゃ」
磯七 「知らんがな、そんなもん、わしら知らんがな」
藤乃屋の女将 「あぁ、猫糞(ねこばば)や」
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