「肝つぶし」

 
あらすじ
 吉松が患っていると聞いて友達がやって来る。吉松の病は「お医者さんでも有馬の湯でも、惚れた病は治りゃせぬ」の恋患いと聞いて友達は一安心、どこのに惚れたのか聞く。

 吉松が言うには、先日、呉服屋に買い物に行ったが、意地の悪い番頭に邪険な客扱いをされた。そこへ店の娘が現れ、番頭を叱りつけ吉松に謝って晒し七尺の買い物のほかに、反物を仕立てて長屋まで持って来てくれるという。

 その夜、どんどんと戸を叩くので開けると、呉服屋の娘が立っていた。根性悪の番頭が縁談を勧め、今晩仮祝言を挙げさせられるという。娘の父親が死に、母親も番頭に頼らないと店の切り盛りができないので番頭はそれをいいことに、娘を他家へ嫁がせ、店を乗っ取ろうとしているという。

 今夜はここへ泊めてかくまってくれという娘と二人切りの所へ、若い者を連れてやって来た番頭が、いやがる娘を引っ張って行ってしまった。何の手出しもできず、惚れた娘を奪われくやしくて思わず涙がポロポロ、チーン、チーンという音で、目が覚めたら二時だった。なんと全部夢の話で、呉服屋も娘も番頭も全部夢の中、友達はただ唖然とするばかりだ。

 吉松は医者にもこの話をしたが、夢では薬の盛りようがないと、さじを投げたが、何でも唐土(もろこし)の古い医学の本に、「夢の中の女に惚れて、命が危うくなった時に、年月揃った女の生き肝を煎じて飲ましたら、スッとおこりが落ちて、何もかも忘れて元気になった」話が書いてあったという。

 年月揃ったというのは、子でも丑、寅でも何でもよく、 辰なら辰年の辰の月、辰の日、辰の刻に生まれた女のことだ。だが年月揃った女を殺してその生き胆を煎じるなど、土台無理な話、友達も手の打ちようがなく、「またゆっくり来るから、とにかく気をしっかり持ってな」と励まして帰るほかない。

 両親を早くなくした吉松の友達は、二十一になる妹のお花と二人暮らし。吉松の親父からは三人兄弟同様に育てられ、その恩を深く感じていて、なんとか吉松を助けたい。帰りながらふと死んだ母親の言葉を思い出す。母親が「お花の生まれは人に言うことがならんで、年月が揃たぁるさかいな」。これだ、吉松から生き胆の話など聞かねばよかったとくやむ。

 友達は家へ戻って飯を食う気にもなれず酒を飲みだし、吉松のことを心配するお花にも勧める。飲めない酒を飲んで眠くなったお花は先に寝てしまう。友達は台所へ行き包丁を研いで、お花の寝間に忍び込む。

 お花の顔を見ながら、「吉松の親父から受けた恩は何とかして返さないかんと思てるうちに死なれてしもた。吉松のからだが大丈夫と見極めたら、わしもじきに後を追うよってに、損な年月に生まれた、身の因果じゃと諦めてくれ・・・・」と包丁を振り上げたがそこは兄妹の情、思わずポロッと涙の一滴(しずく)がお花の顔へ。

目を覚ましたお花、「兄さん、わてを殺す気か!」

兄 「違う、違う。まぁ聞いてくれ、実はな仲間内寄って、芝居をすることんなったんや。わしに当たった役が、寝てる女を出刃で殺すっちゅう役当たったんや。ほんでお前が寝てるのん見てるうち、ちょっと芝居の稽古をしょ〜と思てこんなこと なった」

お花 「まぁ・・・・それならそらえぇけど。ふっと目ぇ覚ましたら、あんたが出刃包丁、顔の上で振り上げてるやないか。わて、ホンマに肝が潰れたし」

兄 「肝が潰れた? あぁ〜、薬にならんがな」


     



三遊亭圓生の『肝つぶし【YouTube】


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