★あらすじ 太鼓持ちの茂八、御茶屋の女将、芸者、仲居、猫までにべんちゃらで機嫌を取って、若旦那の待つ二階へ上がる。
若旦那は今日は酒も芸者も抜きで茂八と二人きりで遊ぶという。その趣向とは「病人ごと」で、茂八は今度建てた須磨の別荘で養生中の若旦那の所へいつもの綺麗どころ四、五人引き連れて見舞いに行って、お礼に小遣いを5円もらうことだと厚かましいことしか考えない。
若旦那は茂八が病人で自分が医者だといい、俺の頼むことやったら何でも聞いてくれるかと聞く。茂八は、「若旦さんの言いつけなら目で香こを噛んで見せる」と息巻く。
それならと若旦那、最近、ハリに凝って習っているという。茂八はでっきり針仕事と思い込み、ここの座敷に綺麗どころを並べて、お針の稽古かなんかするんでしょ、なんて勝手に納得している。
若旦那はそうではなく鍼治療の鍼に凝っているが、店の者は打たせてくれないので、茂八の体に打たせてくれと言う。生き物に打ったことがあるかと聞くと、猫に打ったことがあるが、ギャーと鳴いて死んでしまった。最近は茄子やきゅうりにばかり打っていてつまらないから、是非打たせてくれとの頼みだ。
茂八は「鍼は子どもの時分から苦手で、鍼だけは堪忍してもらえまへんやろか」と逃げる。若旦那は「さっきお前が”目で香こを噛んで見せる”と言ったの嘘か」と怒り、「帰れ!」とご立腹だ。
「太鼓持ちはお前一人やない」とつれなく、きびしい言葉に、若旦那をしくじりたくない茂八は、鍼一本打たせて、十円とワニ皮の札入れをもらうことで人体実験の犠牲者になることを承知する。
まだ心配な茂八はぐだぐだ言っていてなかなか踏ん切りがつかないが、若旦那は布団に茂八を寝かせ、病人らしくするように言って、鍼をへその横に打ち始めた。すんなり半分位入っても痛くはない。茂八は「やっと五円か」と相変わらず欲の皮は突っ張っている。
そのうちに鍼が全部入ったが、痛くはない。「若旦さん、なかなか器用なもんや、立派なもんや」と褒めると、若旦那もその気になって、「わたしが先生やとか博士やとか肩書きがあんのやったら、お前も安心して打たすやろけど、現代は実力の世の中や、ちょっとはわたしの実力も買ぉてもらわないかん」と鼻高々、天狗になっている。
十円とワニ皮の札入れさえゲットすればしめたもの、茂八はそろそろ鍼を抜いてくれと頼む。若旦那は自分の作品の出来栄えを楽しんで、なかなか抜いてくれない。やっと鍼を抜き始めるとその痛いこと。「痛い、痛い」で身をよじったら鍼が折れた。
若旦那、あわてず騒がず、「御茶屋にずぅ〜と居続けをしてる極道の若旦那へ、丁稚の定吉が迎えに行く「定吉の迎え鍼」を横へ一本」と打ったがこれも失敗、お迎えならず、二本とも茂八の腹に居続けだ。今度は別家してる太兵衛さんを呼んで来て、意見をして連れて帰ってもらう「太兵衛さんの意見鍼」だが、太兵衛さんも「木乃伊取り」になったか、三人とも帰還せず、茂八の痛さは増すばかりだ。
あせってきた若旦那、ハンカチを取り出して三本の鍼へ結び付け、片足を腹へ掛けてキュッと引き抜いたからたまらん、腹の皮が破れてしまった。無責任な若旦那、 茂八を放ったらかして、ワニ皮の札入れと十円置いてすたすたと帰ってしまった。
何事かと女将が二階へ上がって見るとびっくり、茂八の腹の皮が破れ血がダラダラ。事の顛末を聞いた女将「そんな大胆な遊びして。けどまぁ茂八つぁんのこっちゃ、お礼の方はうんともらいなはってんやろなぁ」
茂八「ワニ皮の札入れにお金が十円」
女将「まぁまぁ、十円やそこいらのお金で、そんな大怪我させられて、仲間のもんに聞こえても態(なり)が悪いやないか」
茂八「鳴りも悪かろぉ。太鼓の皮が破れたんや」
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