「骨つり」 


★あらすじ ある若旦那、川遊びをしようと芸者、舞妓、大鼓持ちらを舟に乗せ木津川を下って行く。今日は魚釣りをすると聞いた大鼓持ちの繁八は気乗りがしない。若旦那はめいめいが釣り上げた一番大きい魚に、一寸につき一円の祝儀を出すと言うので、皆、夢中で釣っている。繁八も祝儀と聞いてやる気を出す。

 針を放り込むなり手ごたえがある。かなりの大物らしく糸がピーンと張っている。釣り上げてみると、なんとがい骨だ。繁八は気味悪がって川に投げ込もうとする。

 若旦那に縁があってお前の針に掛かったのだから、持って帰り丁寧に回向してやれと言われる。回向しないともうこれからはお前をひいきにしないと言われ、繁八はしぶしぶ承知する。

 人のがい骨がかかったのは、今日は殺生なことはやめろという知らせだろうからと釣りはやめにして皆、舟からあがる。繁八はがい骨を持って家に帰り、若旦那に言われたとおり近くの寺で回向してもらう。

 その晩は寝酒を飲んで寝てしまう。その夜更けに誰か訪ねてくる。繁八が聞くと、昼間のがい骨で回向の礼に来たと言う。戸を開けないでいると、隙間から入ってきてしまう。見ると若い女だ。

 事情を聞くと、もとは島の内の袋物屋の娘でひなといい、両親がはやり病で死に店も人手に渡り、親類からいやな縁談を押しつけられ、あまりの悔しさに木津川に身を投げたのだという。今日の回向で浮かぶことができたので、せめてお礼にお寝間のお伽などというのを、二人?で寝酒の残りを飲んで夜通し過ごす。

 翌朝、長屋の隣部屋の喜六が、昨日はお前が女を連れ込んだりするから、気になって眠れなかったと文句を言いに来る。繁八は女の素性を聞かれ、昨日の魚釣りの一件のことを話す。

 これを聞いた喜六、魚釣りとはそんな得なことがあるのかと釣道具を揃え、船頭を頼み大川へ骨を釣りに行く。針にかかった魚は川に放り込み、骨を釣ろうと頑張るが全然骨は釣れない。

 喜六はいい加減疲れてきて中洲に小便に行く。葭をかき分けて進むと砂地の盛り上がっている所がある。見るとがい骨が半分地面から出ている。喜んで骨を掘り出し、近所の寺で回向してもらう。

 家に帰り宵の内から灯りをつけ、戸を開けっ放しにして酒を飲み始め、幽霊の現れるのを今か今かと待つが、一向に幽霊は現れず酔いが回って眠くなってくる。

 幽霊の女との妄想をあれこれとしていると表で「開門、開門!」の声。戸を開けて入ってきたのは、どてらみたいな部厚いのに金襴の縫い取りがある着物を着て派手な帯、大刀を持ち芝居の大百日鬘(おおびゃくにちかずら)のような頭の大男。

喜六 「あんたは一体何者や?」

大男(芝居がかった口調で) 「我、京都三条河原にて処刑され、五体はバラバラに切りほどかれ、流れ流れて大川の中洲に醜きむくろをさらす。あらありがたの今日のご回向。せめて御礼に参上なし、閏中のお伽なとつかまつらん。」

喜六 「いやや、いやや、わたい。あんたみたいな人のお伽。男同士で何すんねんな。しかし、ものすごい人やなあ。あんた一体、どなただんねん」

大男 「石川五右衛門じゃ」

喜六 「ああ、それで釜割りに来たんか。」

   
サゲは、石川五右衛門が釜ゆでの刑にされたことと、「オカマ」(男色)を掛けています。この噺の原典は中国の明の笑話集「笑府」で、絶世の美女の楊貴(繁八の所に出た幽霊のひな)と三国志の豪傑の張(喜いさんの所へ出た幽霊の五右衛門)が登場する男色小咄です。

浮かばれないシャレコウベ(髑髏)をモチーフにした昔話は世界各地にあります。「髑髏報恩譚」・「髑髏復讐譚」で、この噺は前者でしょうが、五右衛門に釜を掘られそうになった喜六には後者だったかも。

この落語は昭和10年頃から演り手がなく、滅びていたのを桂米朝が工夫して復活したそうです。

五右衛門は落語の『お血脈』では主人公で登場します。


桂米朝の『骨つり【YouTube】


京都三条大橋と三条河原    

広重 三条大橋』(東海道五十三次)



五右衛門の処刑



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